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深淵の蜘蛛の深淵レストラン  作者: カニスキー
第一章 深淵レストラン開店前夜
11/29

011:深淵の蜘蛛と【猿がくれたバナナ】

011:深淵の蜘蛛と【猿がくれたバナナ】


 ノッシノッシと砦に向かって歩を進めていると、やがて砦の方角から、腹の底を揺るがすような轟音が連続して響き渡ってきた。

 それを皮切りに、炎を纏った鉄球が、まるで巨大な火の鳥のように雄大な軌跡を描きながら青い空を切り裂き、我らの頭上へと降り注ぎ始める。


「ほう、なんとまあ、派手な歓迎ではないか」

 大地を抉り、空気を震わせる歓迎の祝砲。人間というものは、かくも盛大に客人を迎えるのが流儀であったか。


 我が魔力障壁に人間たちの放つ「祝砲」が触れるたび、鉄球は小気味良く甲高い音を立てて砕け散り、色とりどりの火花となってキラキラと舞う。

 その光景に、我が心の至宝である姪っ子たちは、キャッキャと声を上げて手を叩いている。

「おじちゃん、見て見て! キラキラだよ!」

「おっきな花火みたい! きれい!」

 ふむ、あの輝き…深淵で時折見かける、美しいが近寄れば絶命必至の『七彩幻光蛾』の鱗粉によく似ておるわ。

「ククク、人間どもめ。随分と我を喜ばせてくれるではないか」


 砦の壁の上では、相変わらず人間たちが忙しなく動き回っている。

 見よ、あれは我らを歓迎するための楽団か。大地を揺るがす銅鑼の音と、兵士たちが絞り出すような鬨の声が聞こえてくるではないか。色とりどりの軍旗が林立し、天を衝く槍衾が陽光を反射してきらめいている。矮小な人間も、こうして見ると中々に壮観よ。


「おじちゃん! あの壁の上から、またキラキラしたものがたくさん降ってくるよ!」

 アンが指差す先では、人間たちが空に向けて無数の矢を放っていた。

 その矢の先端には、太陽の光を反射して輝く何かが塗られているようだ。


「ふむ。あれは、我らの旅路を祝福する、光の雨といったところか。随分と風流なことをするものだ」

 今まで人間という種族を、矮小で取るに足らぬ存在だと誤解していたが、ここまで歓迎されると悪い気はしない。

 伊勢馬場の奴め、我が友として、最大限の礼節を尽くすよう手配しておいたと見える。

 なかなかどうして、感心な男よ。


「さあ、姪っ子たちよ! 宴はもうすぐだ! 伊勢馬場の奴に、我らの到着を知らせてやろうではないか!」

 我は、歓迎への返礼として、そして我が友への挨拶として、特別な極光を放つことにした。

 七つ目までの魔眼を解放すると、全身の魔紋が明滅を始め、周囲の空間がまるで陽炎のように歪む。

 足元の草花は一瞬にして凍てつき、パリンパリンと音を立てて砕け散り、空気の渦と共に幻想的に巻き上がる。

 口元に、世界の理すら書き換えるほどの魔力が、一つの点へと圧縮・収束していく。

 激変する大気圧に周囲の空気が悲鳴にも似た共鳴を絞り出す。


 次の瞬間、音という概念が消え失せ、絶対零度の静寂が辺りを支配した。

 大気を切り裂く天を貫く巨大な光の柱が、我が顎から放たれたのだ。


 それは破壊の光線ではない。紫、翠、黄金の光が幾重にも重なり合う、荘厳なオーロラのカーテン。

 光に貫かれた大空の雲は、衝撃波によって巨大な円形に吹き飛び、その余波はまばらにあった他の雲さえも消し去った。

 やがて、衝撃波が地上に到達し、大地がわずかに揺れる。

 昼間であるにもかかわらず、空にはうっすらと虹色の残光が揺らめいていた。


「わー!おじちゃんのキラキラ、お空に届いた!」

「私たちの極光より、ずーっと綺麗!」

「すごい、すごい!」

 姪っ子たちが、その生涯で見たこともないであろう美しい光景に、歓喜の声を上げる。


 その光が消え去った瞬間、砦から聞こえてきた銅鑼の音と、人間たちの喧騒が、ぴたりと止んだ。

 どうやら、我が挨拶はきちんと届いたようだな。

 あまりの喜びに、言葉を失ってしまったのであろう。



 しばらくの静寂の後、砦の巨大な門が、ゆっくりと、しかし厳かに開いていく。

 中から現れたのは、一糸乱れぬ隊列を組んだ騎馬隊だった。

 彼らは我らの前方まで進軍すると、一人の男と一匹の猿を馬から降ろし、深々と一礼すると、風のように砦の中へと帰っていった。


 取り残された男は、とことこと、まるで散歩でもするかのように、この深淵の王たる我の目の前まで歩いてきた。

「はじめまして、蜘蛛さん。僕の名前はミハエル。こいつは…猿の助」

 ミハエルと名乗った青年は、不敵な笑みを浮かべてそう言った。隣の猿の助とやらは、腕を組んでこちらを睨みつけている。


(ほう、伊勢馬場の代理か。どうやら伊勢馬場はまだここに到着しておらぬようだな)

 そういえば行き違いを避けるために先ぶれを飛ばすのであったな。

 考えてみたら申し訳の無い事をした、次回からは気を付けよう。


 それにしても急な来訪なのに、このような盛大な歓待をしてもらい、人間もなかなかやるではないか。

 我は満足げに頷き、返礼の言葉を紡いだ。

「うむ、ミハエルとやら。素晴らしき歓迎であったぞ。我も我が姪たちも大変満足しておる」

 ミハエルは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。

「ええ、喜んでいただけたようで何よりです。ですが、本日のショーはこれにてお開きとなります。まことに恐縮ですが、本日はお帰り願えませんでしょうか」

 青年は、まるで水が流れるかのように滑らかな動きで腰を折り、深く、しかし一切の隙を感じさせない優雅な礼をした。

 その身体の軸は微動だにせず、一連の動作が、それ自体が一つの完成された舞踏のようであった。


「大丈夫だ、わかっておる。伊勢馬場はいないのであろう?なんならここで待っていてやらんでもないぞ」

 まぁ、2~3日くらいは待つのも致し方ない、出来ればその間、姪っ子達に美味い物をごちそうしてくれないだろうか?

 いや、深淵の王が食べ物の無心など、かっこ悪いか?


「伊勢馬場…?ああ、奥様付きの、あの噂の執事長ですか。彼とお知り合いで?」

 ミハエルが興味深げに、探るような視線を向けてくる。

 その褐色の肌の中にある強い意志を宿した白い目が印象的な眼差しだ。


 あの日、深淵の最奥で繰り広げた死闘が脳裏をよぎる。あれは素晴らしい時間だった。

「ああ。我にとって、あれほどの死闘を演じたえにしは数えるほどしかない。伊勢馬場は、我を打ち負かした唯一の男。その魂の強さに敬意を表し、我が秘宝『泡影の糸(ほうようの糸)』を与えた、我が友だ」


 我がセリフにミハエルの瞳がキラリと光る。

「では、蜘蛛様。私と一つ、手合わせしていただけませんか?もし私が勝ちましたら、我が願いをかなえていただきたい」

 ミハエルの瞳に怪しい光が宿ったのを感じた。


 我の中に眠る理性を超えた本能が、耳元でこれは面白そうだと囁いた。

「ほう。よかろう。伊勢馬場が来るまでの良い余興になりそうだ。もし、我に勝つことが出来たならば、我は全力をもってお主の望みをかなえよう」

 その言葉を聞いた瞬間、ミハエルの口がニィと歪み、纏っている空気が変質したのを感じた。

 先ほどまでの、ひょろりとした印象はなくなり、細身なのに、まるで千年の大樹を前にしたようなどっしりとした安定感に変わった。


 面白い!面白いぞ!

 伊勢馬場だけでは無いのだな?

 矮小な人間の中にも我らの喉笛をかみちぎる怪物が存在するというのだな!


 頭上の姪っ子達も何か感じ取ったのか、固唾をのんで身動きすら控え、警戒の姿勢に入っていた。

 三姉妹がほんの少しだけ不安そうな二十四個の瞳をこちらに向けたが、我も少しだけ柔らかな視線を返し、彼女たちが降りやすいように足を曲げてやった。

 姪っ子達は何も言わずに、ピョンピョンと安全な場所まで離れていった。


 いつの間にか姪っ子達の元にミハエルの猿も居て、姪っ子達に黄色く細長いバナナを与えていた。

 ふと、その猿と目が合う。

 にやりと口をゆがめる表情に、老獪な知性を感じ、まるで「こいつらは守ってやるから、そっちはそっちで思いっきりヤレ」とでも言っているようだった。


 面白い、あぁ、本当に面白い。


 この数日の温かな気持ちの底に沈んでいた、深淵の狂気になじんだ殺戮者の人格が浮かんでくるのを感じる。

 猛る衝動を抑え込み、目の前のミハエルに礼を取る。

「待たせたな。では、始めようか」

「誇り高き蜘蛛の王よ。その礼節に、心からの敬意を。いざ、尋常に…」



【猿がくれたバナナ】

 評価:★★★☆☆(熟せば★4になる)


 とある猿が常食しているバナナ。

 熟すとバナナというより高級なメロンのような芳醇な味わいに変化する。

 バナナを愛する者たち(通称:バナナリアン)の間では定番の一品とされ、予約は常に一年先まで埋まっているという。


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