赤から緑。そして……
ロザが小さく息を吐いて、言葉を紡いだ。
「でも、押さないことには——何も始まらなそうね」
彼女の目は装置に注がれたままだが、声には覚悟が宿っていた。
「最大限の警戒をして、押してみましょう。スイッチは……そうね……」
その言葉の途中、アオミネがひょいと前に出た。
「よし、だったらこれは——俺の仕事だな」
鋭い視線をスイッチに送りながら、ハルの肩を軽く叩く。
「ハル、お前は下がってろ。交代だ」
「えっ……でも……」
ハルは一瞬戸惑ったが、アオミネの真剣な顔を見て素直に頷いた。
「……はい、お願いします」
その時、クロがふわりと跳ね上がり、アオミネの、頭の上にふよんと着地した。
「ならば、拙者も警戒に入るでござる」
ピクリとも動かず、じっと周囲を睨むように構える小さな姿。頼もしさすら感じさせるその動きに、場の空気が少し引き締まった。
「……頼んだわよ、アオミネ」
ロザはそっと一歩下がりながら、視線だけで合図を送る。
音もなく、気配を抑えるように、全員が身構えた。
そしてアオミネの手が、ゆっくりと、赤く光るスイッチへと伸びていった——
カチリ。
乾いた機械音が、静寂の中にくっきりと響いた。
赤く光っていたボタンの色が、ゆるやかに緑へと変化する。
それと同時に、装置の正面に取り付けられていた、黒く光沢のある板が、ふわりと淡く光り始めた。
その表面に、淡い白光で文字が浮かび上がる。
「0%」
「数字……?」
リュカが眉をひそめてのぞき込む。「これが何かの“進行状況”ってことか……?」
「もしくは、稼働率……あるいはエネルギーの充填率か」
ロザが冷静に言葉をつなぐ。「何かが始まったのは確かね。……でも、何が?」
そのときだった。
——シュウウウウ……
かすかな音を立て、ドーム型の装置のひとつ……右側の前方、地面に円を描くように魔力の紋様が浮かび上がり、淡い青白い光を帯びた転移陣が、ゆっくりと出現した。
「帰還ポータル……!」
サイルがすぐに反応し、周囲の魔力の流れを確認するように目を閉じる。
「ダンジョン外と繋がっている……ようですね」
「押したら、すぐ出てくるようになってたってことか」
アオミネが肩を回しながら言う。「……となると、このポータルは“逃げ道”って可能性もあるな」
クロはアオミネの頭からぴょんと飛び降り、足元からパイプのひとつをにゅるりと伸びてのぞき込む。
「ふむ……ここから出るか、残るか。何かしら選択を迫る仕掛けかもしれんでござるな」
「まだ“0%”……ってことは、何かがこれから進行していく、ってこと……?」
ハルが不安そうにモニター代わりの黒い板を見つめながら、ポシェットにそっと手を添えた。
装置は沈黙を保ったまま、ただひっそりと、静かに次の動きを待っているようだった。
その沈黙を破るように、サイルがゆっくりと口を開く。
「……スイッチが入った瞬間、あるいは——帰還ポータルが出現してからと言うべきでしょうか。この周辺……一帯の魔力の揺らぎがすっと落ち着きました。おそらく今、この場所はセーフティゾーンになっています」
少し歩いて確認するように視線を巡らせたサイルが、眉間に指を添えて考え込む。
「装置の周囲だけを安全にするなんて……何を意図しての結界でしょう。ここを安全にして、いったい何をさせたいのか」
「ふむ……何かを“倒させる”ため? あるいは、“集めさせる”ためかしらね」
ロザが細い指で装置のパイプを軽くなぞりながら、淡く呟く。その声には鋭い推察と、少しの警戒がにじんでいた。
その言葉に、ハルがふと動きを止めた。
「……“集めさせる”……?」
反復するように呟いた彼の目が、手に持っていた透明な球体のドロップへと向く。思考の奥に何かが引っかかったような顔をしていた。
「それにしても、このパイプ……」
リュカが手を伸ばし、パイプの表面を軽く叩く。鈍い音が響く。
「中、何かを送り込む感じがするよな? まさかとは思うけど……これ、俺たちが入るんじゃないよな……?」
その場の空気が一瞬静まり返る。
「……って、いや、俺の頭も入らねえしな。クロ師匠くらいなら、ギリ通れそうだけど……」
「いやいやいやいや! 拙者を管に流す発想がおかしいでござるよ!?」
クロがすかさず跳ねながら抗議する。触角をぴこぴこと揺らしながら、パイプから距離をとった。
「師匠が、うにょーんって伸びてパイプを通っている所を、つい想像してしまって……」
リュカが笑いながら頭をかく。その姿に、場の空気がふっと和らいだ。
「拙者は流れ物ではないでござるっ!」
クロがぴょこんと跳ねながら、全力で否定の声を上げた。
——やっぱり、ひっかかる。
ハルはリュカとクロのやりとりを笑いながら眺めたあと、装置の無機質な光を見つめた。脳裏にずっと渦巻いていた疑問を、ゆっくりと思考の中で形にしていった。
(この装置は何のためにあるんだろう……誰が、何を目的に……)
気がつけば、小さく息を吸っていた。ふっと顔を上げる。
「……やっぱり、そういうことなんじゃないかと思うんです」
掌の上に、青みがかった透明な球を一つ、そっと乗せる。光を受けたその球体は、まるで脈打つように、内側に微かなきらめきを灯していた。
「この球を……この装置に入れるんじゃないでしょうか?」
皆が自然とハルに注目する中、彼は言葉を続ける。
「魔物を倒すたびに手に入るこの球……大きさが違うのは、魔物の強さに比例しているからで、一番強い個体を倒した時に、このパイプサイズの球をドロップする、みたいな……」
慎重ながらも、どこか確信を帯びた声だった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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