透明の石とジャングル
「……今のところ、危険性は感じませんね。ドロップも気になるところですが——まずは、この階層の全体を把握しましょう。マッピングを優先します」
「はい!!」
ハルが頷き、早速ポシェットからアークノートを取り出す。
「二階層で習った通りにやってみます」
魔道コンパスを手に、ハルは一歩前に出た。コンパスの針が淡く揺れながら、一定方向を指し示す。
「ええ。今回は周囲の魔力の濃い場所にも注意を払ってください。もちろん、地形の構造も丁寧に書き込むのを忘れずにね」
サイルは穏やかに声をかけると、そっとハルの隣に歩を合わせた。時折アークノートを覗き込み、的確な助言を添えていく。
一方、先頭を歩くのはアオミネ、ロザ、クロ、そしてリュカ。
「視界が悪いな。気を抜くなよ」
アオミネが草をかき分けながら低く呟く。リュカは手にした短剣を構えつつ、きょろきょろとあたりを警戒していた。
「大丈夫、俺に任せて下さい! なんか出てきたら、すぐに叩き落としてやります!」
その声に、クロが小さくうなる。
「まずは見つける方が先でござるな。気配を感じたら、声を上げずに合図——よいな?」
「はい!了解です、師匠!」
リュカがこっそりウィンクするのを見て、ロザは思わず微笑んだ。
「じゃあ、次の階層では交代ね。今度はハルと私たちが前を歩いて、リュカとサイルがマッピング担当」
「お、いいね」
アオミネが軽く振り返って頷いた。
「どっちもできるようになった方がいい。片方だけで役割固定されると、動きが鈍くなるしな」
「はいっ。いつも後ろで守られてばかりなので、先頭の仕事も、ちゃんと覚えたいなって思ってます!」
ハルはアークノートをぎゅっと握りしめて振り返った。その目は、さっきよりもほんの少しだけ頼もしくなっていた。
サイルは静かに微笑み、その成長の兆しを見守るようにうなずく。
「頼もしいですね。……では、前進しましょう」
ジャングルのように鬱蒼とした草木の間を、ふたりは慎重に進んでいく。木々の根が複雑に絡み合い、葉からはしずくが落ち、地面には湿った苔が広がっていた。
アークノートに記されていく線が、魔道コンパスの針と共に少しずつ形を成していくたび、ハルの表情も真剣さを増していく。
やがて、サイルが小声で言った。
「……魔力濃度、少しずつ上がってますね。どうやら、中心に向かうほど強くなる傾向があるようです」
「はい!感じます。魔力の流れも地図に記しておきますね」
ハルは頷き、魔力の密度の違いを図示するようにアークノートの余白に印をつけていく。
道中、巨大な虫のような魔物が茂みから現れた。複眼がぎらつき、硬い外殻が不気味な音を立てて地面を這い寄ってくる。別の場面では、粘液に覆われた大きなカエルのような魔物が、枝から跳ね降りて進路を塞いだ。
そのたびに、前衛を務めるアオミネやクロ、そしてリュカが素早く対応し、戦闘が始まる。
「リュカ、左から来る!」
「任せろっ!」
リュカが素早く火球を放ち、クロはその隙を突いて魔物の側面から斬撃を加える。
アオミネは無言のまま前に出て、重たい一撃を虫の胴に叩き込んだ。
「……終わりだ」
魔物たちは抵抗を見せながらも、手際よく倒されていく。残されたのは、やはりあの透明な石。大きさは大小様々の球体で、青みがかった光をたたえていた。
「また……これですね」
ハルがそっと石を拾い上げ、サイルに差し出す。
「ええ、今のところ全て同じ形状のドロップですね。何らかの共通性があると考えて良いでしょう」
その小さな石が、何を意味するのかはまだわからない。
それでもハルたちは、確かな手応えを得ながら、慎重に、そして一歩ずつ——ダンジョンの奥へと進んでいった。
草木の密度がさらに増し、湿度も上がっていく。道なき道を進むたび、肌に絡みつくような重たい空気が、魔力の濃度の高まりを知らせていた。
「……魔力量、また上がってきてます」
アークノートを見ながら、サイルが小さく呟く。
「やっぱり中心に向かって、魔力が濃くなってるっぽいですね……」
ハルが汗をぬぐいながら頷いた。
その時、木々の陰から、蟻のような巨大な脚音が鳴った。飛び出してきたのは、鋭い牙をもつ大型のムカデ型の魔物。
「よし、来たな!」
リュカが声を上げ、クロがすかさずその前に出る。
「左を抑えるでござる!」
「じゃあ、右は私が!」ロザもすぐに駆け出した。
短い交戦ののち、魔物は崩れ落ち、ぬらりとした体から透明な球体がころりと転がり出た。
「また……これか」アオミネがしゃがみこみ、それを拾い上げる。
「大きさが、さっきより一段と……」サイルが目を細めた。
「もしかして、魔物の強さに比例して、この球も大きくなってるんじゃ……?」
ハルのつぶやきに、みんなの視線が集まる。
「確かに、最初のはもっと小さかったしな」
リュカが頷きながら、腰の袋から最初の球を取り出す。比較すると、大きさはふたまわりは違った。
「敵が強くなってきてるのは確かだな」アオミネが周囲を警戒しながら呟いた。
「油断は禁物ですね。慎重に進みましょう」
言葉少なに、ふたたび進み出す一行。
そして——それは、唐突に姿を現した。
「……あれは——」
サイルの声が、風にかき消されるように微かだった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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