第三階層へ
それからの数日間、セーフティゾーンでの時間は静かに、けれど充実して流れていった。
日中は、冒険者らしく探索に出かけたり、草原の周囲を調べて地形を記録したりと、それぞれが役割を持って動いた。夜には焚き火を囲み、ささやかな食事と穏やかな会話で一日を締めくくる。
ハルは、サイルに魔力の扱い方を丁寧に教わっていた。
「魔力は“力”じゃなくて、“流れ”だと思ってください。押すより、流すんです」
サイルの柔らかな言葉に頷きながら、ハルは手のひらに小さく風を集める。魔力が少しずつ整っていくのを、目を輝かせながら見つめていた。
一方リュカは、クロとアオミネの鍛錬相手として、毎日汗を流していた。
「くっそ、クロ師匠め!また見切られた!」
「リュカ殿、まだ手元が甘いでござる!」
日が暮れるまで続く鍛錬に、さすがのリュカも時々うなだれていたが、それでも笑顔は絶えなかった。時にはハルのそばに来て、魔力の制御についても一緒に学んでいく。
ロザもまた、ふたりの成長を見守りながら、時折自らも鍛錬に参加し、実戦を想定した動きや立ち回りを教え込んでいた。
「魔法の詠唱だけで満足しないこと。状況判断と連携、そして退路の確保。それが冒険者にとっての基本よ」
夜には、焚き火の光の下でロザの“冒険者講座”が開かれ、ふたりは時に真剣な顔で、時に笑いながら話を聞いた。
——そして。
数日が過ぎ、草原にそよぐ風がほんの少し涼しく感じられた頃。
「そろそろ、次の階層へ進みましょうか」
ロザのその言葉に、全員が頷いた。
ゆったりとした時間の中で、ふたりは確かに強くなっていた。仲間たちの支えの中で、歩みを重ねてきた。
草原の上に広がっていた臨時拠点は、すでにきれいに片付けられていた。風に揺れるテントの布も、温かな焚き火の匂いも、今はもう過去のもの。背負った荷と、胸の奥に残る余韻だけが、この場所での数日を物語っていた。
六人は整った足取りで、三階層へのポータルが浮かぶ光の柱の前に集まった。
「もう戻ってこられないわよ。……忘れ物はない?」
ロザが静かに問いかける。声は柔らかいが、その奥には鋭い注意力が宿っていた。
「この先、何が待っているかはわかりません。……心の準備も含めて、大丈夫ですか?」
サイルもまた、控えめながらもしっかりとした口調で仲間たちを見渡す。
「おう、問題なし」
アオミネが軽く頷き、隣でクロも、
「参るとしよう、でござるな」と肩を揺らす。
「へへ、いよいよか……」
リュカは期待と興奮を隠しきれない様子で剣の柄を握り直す。
ハルも緊張した面持ちのまま、大きく一度うなずいた。
光の柱が、彼らの姿を淡く照らす中——
最初にアオミネが、一歩を踏み出してポータルへと入った。
そのすぐ後を、軽やかな動きでクロが続く。
ロザはリュカに一瞬目配せをしてから、彼に続いて光の中へ。
「じゃあ、いってきます!」
リュカが軽く手を振って、まるで遊びに出かけるかのような明るさで、ポータルへと飛び込んでいく。
残ったハルとサイルが、最後に視線を交わした。
「行こう、ハルくん」
「はい!」
そして——光に包まれ、ふたりの姿もまた、静かに消えていった。
* * *
第3階層に足を踏み入れた瞬間、肌にまとわりつくような湿気と、むっとするような熱気が一行を包んだ。
まるで、ジャングル——。
鬱蒼と草木が生い茂り、頭上には濃密な緑の天蓋が広がっている。湿った土の匂い、耳に届くのは虫や鳥の声、そして時折遠くで聞こえる水の音。
「うわっ……一気に空気が変わった……!」
ハルが思わず声を漏らし、顔に張りつく汗をぬぐった。
「まるで亜熱帯だな。湿度も温度も、さっきまでの草原とはまるで別世界だ」
アオミネが目を細めながら周囲を警戒する。足元には背丈ほどの草が茂り、どこかで水気を含んだ葉がぽたりとしずくを落とした。
リュカはさっそく上着を脱ぎながら、
「うー、汗かきそう!でもなんか探検って感じでワクワクするなー!」といつもの調子で言い、
クロは周囲の草木を見回しながら、
「熱帯系の草木……見覚えのない種類が多いでござるな。油断せぬよう進もう」と、警戒を怠らなかった。
ロザは風通しの悪い樹々の間を見据えながら、冷静な声で言う。
「地形的にも視界が狭いわ。何か出てきてもおかしくない。みんな、気を引き締めていきましょう」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、頭上の葉がざわりと揺れた。
——シュルッ。
するりと音を立て、木の上から太く長い影が滑り落ちてくる。ロザの頭上を狙って、鋭く牙を剥いたヘビだった。
「っ……!」
反射的にロザが身を引いた瞬間——
「——遅ぇよ」
「——そこまででござる」
シュン、と空気を裂く音が重なる。
アオミネの繰り出した闇刃が蛇の胴を斬り裂き、同時にクロの体がしなやかに伸び、刃のように変化した腕が蛇の動きを止める。
ズシン、と重い音を立てて、ヘビの躰が地面に倒れた。
「……油断してたわ。ありがとう、クロ、アオミネ」
ロザは息を整えながら、ふたりに向けて静かに礼を告げる。
「無事で何よりでござる」
クロはすっと元の姿に戻りながら、枝の影を見上げた。
「上も警戒して進んだほうがいいな。木の陰に何が潜んでるかわかったもんじゃねえ」
アオミネは闇の気配をすっと手元に引き戻しながら、ロザの前に立つ。
倒れた蛇の体から、淡く光るものが浮かび上がる。
「……これが、ドロップ?」
ハルがゆっくり近づいて、目を丸くする。
草の上に残されていたのは、直径3センチほどの、透明でほんのり青みがかった丸い石。中心に星屑のようなものが見え、小さな宇宙のような不思議な質感だった。
リュカが覗き込んで、目を輝かせる。
「なにこれ、ビー玉みたい! 魔石ではないし…… でも、なんか……ただの石じゃなさそうだよな?」
「魔力反応、微弱ながらあります」サイルがそう告げながら、小さく首を傾げた。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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