出張POTEN
いつもツムギお姉ちゃんのパーツ作りを手伝っているから、手順はしっかり頭に入っている。今日は専用の型がないぶん、少し工夫が必要だ。
まずは晶樹液に、月影石を削って作った粉をやや多めに加える。すると、液体は粘土のように柔らかく変化し、指で押せるくらいの質感になった。
「うん、いい感じ」
ハルはその粘土状の透輝液を小さな台座の形に成形していく。指先で丁寧に整えながら、上部に紐を通すための小さな穴も開けておく。そして、掌ほどの光魔法を込めたライトで台座を硬化させる。月影石の粉が混ざっているせいか、台座はほんのりと光を反射するような、琥珀色の艶を帯びていた。
「ばっちりだ!」
今度は、乾燥させた桃色の花々をそっと台座の上に配置する。ひとつずつ、重ならないように慎重に。どの角度から見ても美しく見えるように、まるで宝石を並べるように手を添えていく。
次に、晶樹液に月影石の粉をほんの少しだけ加えて、さらさらの液体に仕上げる。注ぎ口のついた瓶で、そっと、そっと台座の上に注ぎ込む。液が花びらを包み込むように広がっていき——
「よし、風の魔法で……」
小さくウインド・サークルを唱え、風の渦で気泡を丁寧に抜く。そして、再び光魔法のライトで硬化。
数分後、透明な層の中に閉じ込められた桃色の花々が、琥珀色の台座の上で静かに輝いていた。
「……完成!」
思わず笑顔がこぼれる。
透輝液が少しだけ余ったので、ボタンくらいのサイズで丸く整え、固めておくことにした。
「琥珀色の晶樹液は貴重だから、無駄にしないようにしないと」
手元の瓶をそっと持ち直しながら、ハルは思い出す。
(確か、琥珀色の晶樹液は“創術魔法”と相性が良すぎるから、できるだけ使わないように言われてたんだった……)
ぼくには創術魔法はないからたぶん大丈夫だけど——でも、念のため。
「あとで、ちゃんとみんなに報告しておこう」
光の中で、花びらがまるで息をしているかのように揺れていた。
ハルはそっとそのパーツを持ち上げ、もう一度表面に傷や曇りがないかを確認すると、完成したパーツを手元にあったチェーンに通し、立ち上がった。
焚き火のそばにいたロザに、少しだけ照れくさそうに声をかける。
「ロザさん……これ、もしよかったら、もらってください。POTENのみんなみたいに上手には作れないけど……頑張って作ってみました」
差し出された包みを、ロザはやや驚いたような表情で受け取った。ゆっくりと布を開くと、透輝液に閉じ込められた桃色の花が、夜の光に淡く揺れている。
「……これは……」
ロザは一瞬言葉を失い、それからふっと微笑んだ。
「とても綺麗ね。装飾品ってあまり興味のない方だったんだけど……これは、確かにPOTENブランドの商品を皆が欲しがる理由がわかるわ」
そっと指先で花の封じられた部分を撫でながら、まるで心に小さな花が咲いたような、優しい声で言った。
「ありがとう、ハルくん。大切にするわ」
その様子を、少し離れた場所からサイルとアオミネが見守っていた。
サイルは静かに微笑みながら、焚き火の明かりの中でハルの横顔を見つめる。
「ロザ、すごく喜んでますね……あの子たち、本当に素直で可愛いです。ロザが気にかける理由、よくわかりますよ」
アオミネも肩を組むように腕を組み、ぼそっと呟く。
「……まったく、ああいうの見るとさ。カイルの子なんだなって、しみじみ感じるよ」
その時、サイルがふと思い出したように口を開いた。
「そうそう。待っている間に一度、ギルドに連絡を取ろうと思って魔導通信機を起動させてみたんですが……どうやら、このダンジョン内では通じませんでした」
「そうか、なかなか厄介だな」
アオミネの眉がわずかに動く。
「はい。ダンジョン内部では時々あることですが、外と完全に遮断されているようです。ハルくんも覚えておいてください。しばらく連絡は取れそうにありません」
その言葉に、ハルもそっと胸元のマントどめに触れた。
——POTEN専用の魔導通信機は、淡い光も反応も見せなかった。
(やっぱり、使えないか……みんな、きっと心配してるよね)
脳裏に浮かんだのは、保護者たちの顔。優しくて、時に心配性で、だけど誰より温かい人たち——そんな表情を思い出し、ハルは小さく苦笑した。
そのとき——草を踏む音が近づいてくる。
「ただいまー! 腹減ったぁーっ!」
元気な声とともに、リュカがクロを連れて戻ってきた。ふたりとも汗びっしょりで、顔には土の痕がうっすら残っている。
「そっちも、いい稽古だったようね」
ロザがスープの鍋をかき混ぜながら、微笑む。
「へへっ、クロ師匠はマジでスパルタすぎるってば……でも、めちゃくちゃ楽しいっ!」
クロはその横で、ぷるりと身体を揺らして静かに一礼する。
「拙者の方こそ、有意義なひとときであった。なかなか骨があり申したぞ、若殿」
「若殿はやめて〜!」とリュカが笑いながら手を振る。
夕暮れの空の下、メンバーが焚き火のそばに集まり、それぞれの器にスープが注がれていく。
ロザの作ったスープは、根菜と乾燥肉の旨みがじんわりと溶け込んだ滋味深い味。味気ないはずの乾パンも、スープに浸して食べればふわりと香りが立ち、口の中にほっとした温かさが広がった。
「……おいしい」
ハルが思わず声にすると、隣のリュカも頷きながら口いっぱいにスープを頬張る。
「うんうん。 俺、これ三杯はいける!」
ロザがくすっと笑いながら、鍋の蓋をそっと閉じた。
「ダンジョン飯も、なかなかいけるでしょ?」
「はいっ!」
「うんっ!」
リュカとハルがそろって声を上げ、にっこりと笑い合った。
焚き火の灯りに照らされて、あたたかな湯気が、夜の静けさの中にふわりと溶けていった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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