お土産と透輝液
拠点のテントが見える距離まで戻ってくると、ハルは大きく息を吸い込んで、軽く背伸びをする。
「ただいまー!」
声が風に溶けるように届くと、臨時拠点の静けさが一瞬やわらいだ。
焚き火の近くでは、サイルとロザが湯気の立つ鍋を囲んでいた。香ばしい香りが漂っていて、食欲をそそる。
「おかえり、ふたりとも」
サイルが振り返り、穏やかに微笑んだ。
「おかえりなさい」
ロザも火加減を調整しながら、視線だけで挨拶を返す。
一方で、拠点の端では、まだ鍛錬中のリュカとクロの姿が見えた。ふたりは薄明かりの中で向かい合い、何度目か分からない構えを繰り返していた。
「……まだやってるのか?」
アオミネが眉をひそめ、軽くあきれたように呟く。
「ええ、一日中ずっとですよ」
サイルが苦笑しながら、手にしたお玉で鍋を静かにかき混ぜる。
「“休養日”のはずなのに、逆に疲れるようなことばかりして……あのふたりは、ほんとに元気ですね」
遠くから、リュカの「もう一回お願いします!師匠!」という声が響き、クロの「ならば拙者も真剣にいくぞ!」という返事が重なって聞こえてきた。
ハルは笑いながら、「もうすっかり、師匠呼びが馴染んでる……」と呟き、アオミネは深いため息をつきながら「本当に定着してきたな、クロ師匠……」と頭をかいた。
そのやり取りを聞いていたロザが、火加減を見ながらふたりに視線を向ける。
「それで……あなたたちはどうだったの?」
声のトーンは柔らかいが、興味の色が濃くにじんでいた。
ハルとアオミネは一瞬だけ顔を見合わせ——次の瞬間、まるで示し合わせたように、にこっと笑った。
「絶景だった……」「すごい景色を見ました……!」
ぴったりと重なったふたりの声に、サイルがくすりと笑いを漏らす。
「よほど印象的だったんですね」
そこからふたりは、草原の向こうに広がる桜色の花畑、小川のせせらぎ、押し花作りの大作戦に至るまで、手振り身振りを交えながら語り出した。話の内容は端折られていたが、その様子だけで、どれほど楽しく、美しい時間だったのかが自然と伝わってくる。
「とっても素敵な冒険だったんですね」
サイルの声は穏やかで、少しだけ羨ましげだった。
その言葉にハルは嬉しそうに頷き、背中のポシェットから丁寧に包まれた布を取り出す。
「それで、これ……お土産です!」
包みの中には、綺麗に乾燥され、花の形をしっかり残した淡い桃色の押し花がいくつか。ハルはそのうちのひとつをロザに、もうひとつをサイルにそっと手渡した。
ロザは驚いたように目を瞬き、指先でそっと花を受け取る。
「……こんなに綺麗に、よく乾かしたわね」
「アオミネさんの魔法がすごかったんです。ふたりで協力して作りました!」
サイルも手のひらの上で花を眺めながら、優しく微笑んだ。
「ありがとう。ハルくんの気持ち、とってもよく伝わってきます」
その言葉に、ハルの頬がふわっと赤く染まり、アオミネは隣で小さく咳払いをひとつ。
——焚き火の音が静かに弾ける中、小さなお土産が、今日のふたりの冒険のすべてを物語っていた。
ロザは手のひらに載せた桃色の押し花を、まるで宝物のように見つめていた。花びらの一枚一枚に、どこか懐かしさのような光を宿して。
「ふふ……なんて素敵な花かしら」
その目が柔らかく細められる。
「どうやったら、綺麗なまま持ち帰れるかしらね……これはしっかり保存して飾りたいわ。この冒険の記念としても最高だもの」
その様子に、ハルの顔も自然とほころぶ。
「えへへ……ロザさんがそう言ってくれると、頑張ってよかったです」
持っていた空の小瓶をそっと差し出そうとしたその時——
指先に「コツン」と、固い何かが当たった。
「あれ……?」
ハルがポシェットの中を探ると、小さなガラス瓶が指に触れた。取り出してみると、それは——
特別な水晶樹から貰った、琥珀色の晶樹液だった。
「……晶樹液!」
思わず声を上げ、さらにポシェットの奥を探ると、《月影石のかけら》《弾型液シート》が、まるで揃うべくして揃っていたかのように出てくる。
そして——
「属性発光器はないけど……光魔法なら、僕、使える!」
ハルの目がぱっと輝く。
——晶樹液に月影石をほんの少し溶かし込み、光魔法で代用すれば、透輝液は作れるはずだ。
「透輝液、作れるかも……!」
頭の中で一気に構成が浮かび上がる。
——晶樹液に月影石をほんの少し溶かし込み、透輝液を作る。
弾型液シートに透輝液を垂らして、花を閉じ込め、ライト魔法を透輝液に当てる。きっと固まるはずだ!
ハルは手元の素材を確認しながら、顔を上げた。
「ロザさん。もしよかったら……この花、透輝液のパーツにして持って帰りますか? うまくできたら、花をそのまま封じて、透明な標本みたいにできると思うんです」
その提案に、ロザが一瞬目を見開く。そして、ふわりと微笑み、手を軽く叩いた。
「まぁ……素敵なアイデアね。ありがとう、ハルくん。それをあなたが作ってくれるの? とっても嬉しいわ」
「はいっ! 試してみますね」
焚き火のそばで、ぽんと膝をついたハルが、道具を並べて準備を始める。
——創舎での“ものづくり”の日常が、今ここでも小さく息づいていた。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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