素材採取とアオミネのアイデア
話しながら手を動かしていると、作業は思いのほか順調に進んでいた。気がつけば、草原の端に広げたシートは、花で埋め尽くされていた。
「アオミネさん、ありがとうございます! このくらいあれば十分だと思います」
ハルが満足そうに顔を上げて、嬉しそうにシートを見渡す。
「おお、こんなもんでいいのか」
アオミネは腰に手をあて、少し驚いたように笑った。
「もっと採れるぞ? 普段こういうのはやらねぇけど、意外と楽しいな。……っていうか、これ、けっこう奥が深いな」
「ですよね」
ハルもくすりと笑って頷いた。そして、ふとシートに積まれた花々を見て、小さく首を傾げる。
「このまましまっちゃうと……形も崩れちゃいますよね。やっぱり、押し花みたいにして、なにか硬いものに挟んでおいた方がいいですよね……」
その言葉に、アオミネがふっと口角を上げた。
「なあ、ハル。俺にちょっとしたアイデアがあるんだけど——試してみないか?」
その声には、どこか企みを含んだ調子が混じっていた。ふと横を見れば、アオミネがまるでイタズラを思いついた子どものような顔をして、にやりと笑っている。
「ハルは風属性だろ。だったら、空気を操って乾燥させるのは得意だよな?」
「……え、まあ、ある程度は……はい」
「あとは俺がやる。俺の闇魔法の中に、“ダークホール”っていう重力魔法があるんだ。それで花を軽く押して……お前が乾かせば、すぐに押し花みたいになるんじゃねぇか?」
「すごい!それ、面白そうです……!」
「な? 失敗したって、また集めりゃいい。せっかくこんな綺麗なの見つけたんだ。ちょっと遊んでみようぜ」
アオミネは楽しげに肩をすくめて見せた。ハルも笑いながら、勢いよく頷いた。
「はい! やってみましょう!」
アオミネが両手を前に出し、掌に魔力を集中させる。指先に黒い光が集まり、やがて空中に淡く揺らめく“重力のゆがみ”が現れた。
——《ダークホール》。彼の得意とする闇属性の重力魔法だ。
地面に並べた花たちの上に、そっとその力をかけていく。まるで優しい掌で包み込むように、重力が花を押さえつけ、しっかりと動かないよう固定された。
「よし、動いてないな。お前の出番だ」
「はいっ!」
ハルがポシェットから風属性の魔道具を取り出しかけて、すぐに首を振った。
自分の魔法でやってみたいと思ったのだろう。彼は軽く深呼吸し、両手を重ねるようにして魔力を紡ぐ。
「——《ウインドサークル》!」
空中に薄い緑光の輪が出現し、ふわりと柔らかな風がシートの上に流れ込んだ。風はまるで布の間を通り抜けるように繊細で、花びらの水分をゆっくりと奪っていく。
「……おおっ!」
アオミネが驚いたように目を見開き、感嘆の声をあげた。
「ハル、その風、すごいな。風圧が均一だ。押し花には最適じゃねぇか。便利そうだぞ、それ」
「えへへ……ありがとうございます。少しずつだけど調整できるようになってきて……」
風と重力が静かに交差しながら、時間が流れていく。
やがて、ハルが風を止め、アオミネも魔力を引くと——
そこには、しっかりと形を保った桃色の押し花が、美しく仕上がっていた。
「……できた」
「うまくいったな」
ふたりは顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。
草原の風が、そっと二人の髪を揺らした。
その後ハルは、乾燥し終えた花々の中から、特に形の良いものを選び、そっと小瓶に詰めていった。ガラスの中で桃色の花びらが、まるで春の記憶を閉じ込めたように揺れている。
残りの花も一枚一枚丁寧に扱いながら、少し大きめの保存瓶にまとめて入れていく。
「……なあ、なんで分けて入れるんだ?」
隣で手を止めずにいたアオミネが、ふと尋ねる。
「えっと……全部綺麗には保存できないかもしれないけど、どんな花があったか、みんなに見せたくて」
ハルは少し照れくさそうに笑いながら、小瓶を両手で掲げた。
「だから、形を残す花と、ちょっとくらい崩れてもいい花で、分けておいたんです」
アオミネは短く「なるほどな」と頷きながら、その細やかな心配りにどこか感心したような顔をしていた。
「よし、あとは……」
ハルは大事そうに瓶たちをポシェットの中に収めていく。
すべてを収め終えると、ハルは立ち上がり、草についた土を軽く払う。
「アオミネさん、手伝ってくださって、ありがとうございました!」
振り返って、ぱっと笑顔を向けた。
「おう、気にすんな」
アオミネも肩をすくめて応えながら、足元の草を踏みしめるように進み出す。
「じゃあ……そろそろ帰るか」
「はい!」
夕暮れ色の空の下、ふたりは並んで歩き出した。風は穏やかで、桃色の花びらが時折ふわりと舞い上がり、また地面にそっと降り積もっていった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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