テイマー講習
「おやおや、もう実践とは感心ね。早速観察練習とは、優秀優秀」
そう言いながら教官は、リュカのぐったりとした様子に目を留めた。
「君は……ふむ、その様子だとだいぶ鍛えたな?でもね、筋肉は筋肉痛になるほどしっかり動かせば、確実に成長してくれるぞ。痛みは伸びしろの証ってことさ」
「……まじっすか!? じゃあ……この痛さも、耐えられるかも……っ!」
リュカはふらふらしながらも、目だけは輝いていた。
「そろそろ次の講座が始まるけど、君たち行かなくて大丈夫?」
別の教官が声をかけてくれ、ハルとリュカはハッと顔を上げた。
「あ、まずいっ……!僕、テイマー講習だった!」
「俺は……装備品の講習!さっき、勢いで追加申し込みしたやつ!」
リュカは筋肉痛に耐えながら、ぴこぴことした独特な走りで廊下を駆けていく。
「うおおおおお、足が言うこと聞かねぇ〜〜っ!」
「待って、リュカ!転ばないで〜!」
ハルも急いでテイマー講座の教室へと向かって走り出す。
ギリギリセーフで講習場所に滑り込んだハルが、息を整える間もなく——
「よし、全員いるな。じゃあ、始めようか」
低く落ち着いた声とともに、すらりとした男性が姿を現す。
……その頭の上には、つややかな漆黒のスライム。
丸く小さく、ぷるんとしてて、だけどどこか凛とした雰囲気をまとったそのスライムは、ぴょこりと跳ねるように揺れながら、教官の頭の上に鎮座していた。
(えっ、あのスライム……めちゃくちゃかっこかわいい……!)
見惚れてしまうほど見事なバランスで、堂々と乗っているその姿は、ただのスライムではない“何か”を感じさせた。
つやつやと輝く漆黒のスライムは、教官の頭の上で一度ぴょこりと跳ねたかと思うと——
「よろしゅう、頼み申す」
「!?」
教室内に、小さな衝撃が走った。
「しゃ、喋った……!?」
「うそ……スライムって、言葉喋れるの……!?」
ざわざわとざわめく講習生たちの中で、ハルはびっくりしすぎて声も出なかった。
「驚いたか?こいつは《クロ》って言うんだ。俺の最初の相棒にして、この講座の“補助教官”でもある」
教官はそう言ってニッと笑い、頭の上のスライムを軽く指先でつついた。
「クロは特別なスライムでな、“意思を持つ魔物”ってやつだ。話せる魔物は極めて少ないが、テイマーの中でも一定の絆を結んだ者にだけ、こうして言葉を返してくることがある」
(……すごい……本当に、ぽてみたい……)
ハルの胸がわくわくと熱くなった。
いつか、自分もこんなふうに“相棒”と呼べる存在と出会えたら——そう思わずにはいられなかった。
「テイマーという職は、魔物を“従わせる”んじゃない。心を通わせ、“共に在る”ことが基本だ」
教官の声は真っすぐで、思っていたよりずっと熱意に満ちていた。
「まず最初の訓練は、“距離感”だ。魔物にはそれぞれ、警戒心の強さや性格がある。正面からガンガン行けば逃げられる。かといって怯えて距離を取ると、相手にも伝わる」
教官の手の中に、小さな白いもふもふの綿のような生き物が現れた。
まるで風に舞う綿毛をぎゅっと丸めたようで、目を凝らさなければ顔も見えないほどおとなしく、ふわふわと揺れている。
「これが今日の練習相手。“パフモス”っていう、小型で臆病な草食の魔物だ。ふわふわしてるが、ちょっとした音でも逃げるから注意な」
講習生たちが次々に、指定された間隔で並び、目の前に小さな魔物が現れる。ハルの前には、丸っこくて白っぽい体のパフモスが、葉っぱの上でそっとまるまっていた。
(……かわいい……けど、怖がらせたらダメだ……)
そっと息を吸って、静かに膝をつく。
(魔法の時と同じ。心の中を、まっすぐに)
「こんにちは……びっくりさせないから、安心してね」
声を出す代わりに、そっと心の中で話しかけると、不思議と体の中の風の流れが、ふわりと揺れた。
その気配に、パフモスがぴくりと耳を動かす。
——すぅ……。
小さく近づいてきた。
ハルの手が震える。
(……近い……! 逃げない……!)
そのとき。
「よいぞ、若者。魔物の気は、風と似ておる。無理に掴もうとせず、共に舞うが如しじゃ」
クロが、教官の肩の上からぽふりと跳ねてそう言った。
「……はい!ありがとうございます」
自然と、口から声が漏れた。
その後の訓練では、魔物に触れたり、餌を与えたりしながら、少しずつ信頼関係を築く方法を体験していった。
もちろん、魔物との距離に戸惑って泣きそうになっている子もいたが、教官たちは根気強く見守り、クロも時折、
「焦るでない。魔物の心もまた、時を要する」
と、低くも優しい声をかけていた。
(……こうやって、少しずつ仲良くなっていくんだ……)
「テイマーにとって大事なのは、力よりも信頼だ。いくら魔力量が多くても、魔物に心を閉ざされたら意味がない。仲間として迎えたいなら、まずはこちらが“仲間”になろうとしろ。それが、すべての始まりだ」
頭の上の《クロ》が、ふわりと跳ねて言った。
「真心こそが、絆の礎にござる」
その言葉に、講座の生徒たちは自然と背筋を伸ばした。
講座の最後、教官が一人ひとりに小さな冊子を配り始めた。
「これは、初級テイマー向けの教本だ。魔物の観察ポイントや、種族ごとの傾向、接し方の基本が載っている。わからなくなったら、これを読み返せ。あと、観察日記をつけておくといいぞ」
ハルは教本を両手で受け取りながら、そっと表紙を撫でた。
(これは後でナギさんに見せなくては……)
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
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⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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