アオミネとクロの出会い
ロザが少し柔らかい笑みを浮かべて、声をかける。
「じゃあ、最低限の警戒は続けつつ……それぞれ、数日間はゆっくり休みましょう」
その言葉に、場の空気がふわりとほどけた。
リュカはすぐさま跳ねるように立ち上がり、木刀を両手に構える。
「よーし!クロ師匠!午後も修行お願いしますっ!」
「ふむ、よかろう。まずは基本の構えからでござるな」
クロは僅かに身構え、すでに“師匠”の風格を漂わせている。
リュカはすっかり懐き、彼の一挙手一投足に尊敬のまなざしを向けていた。
その様子を横目に見ながら、アオミネが腰を上げる。
「……あのふたりはしばらく戻らなさそうだな。じゃあ、俺は草原以外に何かないか、少し散策してくる」
気怠げな声ながら、その目は鋭く周囲を見渡していた。
それを聞いて、ハルがぱっと顔を上げる。
「アオミネさん!僕も……ついて行っていいですか?もしかしたら、何か採取できるかもって思って……」
「ああ、構わねぇよ。無茶さえしなきゃな」
「はいっ!ちゃんと気をつけます!」
背中のポシェットを軽く叩きながら、ハルは元気よくアオミネのあとを追っていく。
風に揺れる草原の中へと、ふたりの影が静かに伸びていった。
草を踏みしめる音だけが静かに響く中、ハルはふと、歩調を合わせながら口を開く。
「ねえ、アオミネさん」
「ん?」
「クロさんとアオミネさんって、どんな感じで出会ったんですか?」
アオミネは少し足を止め、片手で首の後ろをかきながら振り返る。
「おお……そうだったな。ハルはテイマーの才能もあるから、やっぱ気になるか」
「うん……やっぱりクロさん、すごいし……仲もいいし」
アオミネは鼻で小さく笑うと、また歩き出す。
「まあ……でも、俺の場合はちょっと特殊だから、参考になるかはわかんねぇけどな」
そう言いながら、どこか懐かしそうな目で、遠くを見つめていた。
「俺とあいつが出会ったのはな……まだ俺が八つのときだった」
風が草原を渡る音の中、アオミネはゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「当時の俺は、小さな村に住んでてさ。周りは農業している大人ばっかで、子どもの遊び相手なんて一人もいなかった。だから、毎日一人で森に行ってたんだよ」
ハルは黙って頷きながら、足を止める。
「その森にはな、リスとかウサギとか、時々野良犬もいて……まあ、今思えば野生動物だったんだが、当時の俺は“友達”だと思ってた。名前つけたりして、勝手にな」
くっと笑いを漏らしてから、アオミネは少しだけ歩を緩める。
「んで、ある日。森の奥で、ちっせぇ洞窟を見つけたんだよ。入り口は苔だらけでな。今なら“あーこれは魔力が滲んでる”とか思うかもしれねぇけど、当時はただの隠れ家くらいにしか思わなかった」
「入ったんですか……?」
ハルの問いかけに、アオミネは当然だというようにうなずいた。
「ああ。ガキだったからな、怖いもんなんてなかった。手探りで中に入って、ちょっとした空間にたどり着いた。そしたら——いたんだよ。クロが」
「えっ……! もう、今みたいな姿だったんですか?」
「いや、もっと……ちっさかったな。なんていうか、黒いスライムって感じで、こっちの動きをじーっと見てた」
「こわく……なかったんですか?」
「全然。むしろ“おおっ、珍しいのがいる!”ってテンション上がってたな。たぶんクロも、初めて話しかけてくるガキに驚いてたと思うぜ」
アオミネは遠くを見るように目を細め、ゆっくりと続けた。
「……あの頃のあいつは、まだ喋れなくてな。でも、スライムって、基本的に危害を加えない限り討伐対象じゃないだろ? 特に森の中の個体は、素材を提供するだけだったりもするし……なんかこう、のんびりしてるっていうか……可愛いんだよ、妙にな」
「わかります!」
ハルが思わず声を上げる。
「この前、魔導スライムに会った時も、つるんとしてて、目がくりくりしてて……すっごく可愛かったです! 攻撃してこない子だったので、つい見とれちゃって」
「おう、そうそう。ああいうのな。でさ、話しかけると、なんか伝わってくる気がすんだよ。震えたり、ぷるって跳ねたり、ちょっと伸びて近づいてきたり……そういうので、こっちの言葉に反応してるって感じがあってな」
アオミネの口元に、ふっと笑みが浮かぶ。
「面白くてさ。それからは、ほぼ毎日、クロに会いに洞窟へ通うようになった。話しかけたり、食べ物持ってったり……ガキなりに世話してるつもりだったな」
風が草をかすめ、ふたりの足元を抜けていく。
アオミネは柔らかな笑顔を向け、話を続けた。
「そしたらな、クロも少しずつ大きくなっていってさ。動きも表情も豊かになって、震え方ひとつとっても“なんか言ってるな”って感じるようになってきて……あれはすごく面白かった」
「へえ……!」
ハルの目が輝く。興味を抑えきれない様子で、隣を歩くアオミネを見上げた。
「それくらいからだったかな? 本やゲームボードを持ってって、一緒に遊んだり、ちょっとした戦いごっこをしてみたり……俺の村、学院なんてなかったからな。読み書きとか計算とかも、クロと一緒に覚えたんだ」
「……すごいなぁ。相棒って感じですね」
ハルが微笑むと、アオミネは照れくさそうに鼻を鳴らす。
「まぁな。毎日、朝から晩までずっと一緒だったからな。俺がしゃべって、クロがぷるぷる反応して。もう言葉なんていらないくらい、分かり合えてる気がしてたよ」
しばしの沈黙のあと、アオミネはふと視線を遠くに投げた。
「……こんなに一緒にいるなら、いっそ連れて帰っちまったほうが早い、って思ってさ。ある日、思い切って村に連れて帰ろうとしたんだ。でもな……」
彼の声が少しだけ沈む。
「クロは、どうやら洞窟の外には出られない何か制約があったんだよ。境界線を越えようとすると、身体が滲むように不安定になって……無理はできないって、すぐにわかった」
「……そうだったんですね」
「いろいろ方法を試したよ。俺がだき抱えてみたり、布に包んでみたり、カゴに入れて運んでみたりな。けど全部ダメだった」
アオミネの言葉には、当時の戸惑いや悔しさが、淡くにじんでいた。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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