一つの約束
その時、リュカがぽんと手を叩いてから、ハルの方を向いた。
「そういえばさ、ハル。一階層で出たドロップって、ほとんど魔石だったよな? 何か関係あるのかな〜って、ちょっと気になってきた」
「……確かに!」
ハルが小さく驚いたように声を上げ、すぐに膝の上のノートを開いた。
「忘れ谷自体が、魔石が多く出る場所だから気にならなかったけど……言われてみれば、二階層では魔石、ほとんど出てないよね」
ハルはページをめくりながら続けた。
「しかも、一階層の謎解きも、魔石を使った装置が多かった。魔力をはめたり、クリア後の魔石だまりとか……魔石がキーだったよね」
「うんうん」
リュカは何度も頷きながら、草の上に座ったまま両手を広げた。
「一階は“魔石”、二階は“実験素材”……って感じがしてきたなぁ。なんか、ステージごとにテーマがあるみたいで、ゲームっぽくてワクワクする!」
アオミネが腕を組みながら、遠くを見やるようにして呟いた。
「それ、あながち間違ってないかもしれないな。たまにいるんだよ。異世界から来た奴らが、記憶を元に作ったっていう“ダンジョン”。妙にルールっぽくできてたり、戦闘の演出に凝ってたりしてな」
「わ、わかります!」
サイルがぱっと手を合わせて、表情を和らげた。
「不思議な構造のダンジョンって、本当に色々あるんですよ。浮遊階層が延々と続くものとか、入り口と出口が重なってるのに、一度入ったら謎を解くまで出られない“輪廻型”とか……」
その言葉を聞いた瞬間、ハルとリュカの瞳がぱっと輝いた。
「えっ、えっ!? どんなの!? どこにあるんですか!?」
「浮遊階層って何ですか!? 輪廻って……まさか、時間がぐるぐる回る系!?」
サイルが少し面食らいつつも、小さく笑いながら肩をすくめる。
「ふふっ、全部は語りきれませんけど……気になるなら、あとでゆっくりお話ししますね」
リュカとハルは顔を見合わせ、声を揃えて答えた。
「お願いしますっ!」
そんな二人の様子に、ロザがふっと目を細め、少しだけ真剣な声音で口を開く。
「……でもね。もしこのダンジョンが“異世界人”によって作られたものだとしたら、注意が必要になるわ」
その言葉に、場の空気が少しだけ変わった。
「異世界人?」
ハルが首を傾げると、ロザは頷いて、静かに続けた。
「ええ。彼らの中には、本当に素晴らしい発想を持つ人たちもいるのよ。絶景ダンジョンを作って観光地になったり、素材採取に最適化された階層を作ったり……中には闘技場を作って、技術を高め合う場として開放した例もあるわ。市場の供給バランスにも配慮して、過剰なドロップが出ないよう調整までされていたくらいよ」
「へぇぇ〜〜〜〜」
リュカが目を丸くしながら感嘆の声を漏らし、ハルも「すごい……!」と目を輝かせた。
だが、ロザの表情は緩まない。
「でも——そうじゃない者たちもいるの」
そこには、確かな緊張があった。
「人を人とも思わないような扱いをする異世界人もいる。自分の価値観だけで動いて、平気で命を踏みにじるような。……中には、“人を殺すために作られたダンジョン”さえ存在しているわ」
静まり返った空気の中、アオミネが低く唸るように言葉を添える。
「……実際に、過去に何件か“処理”された事例がある。異世界人は総じて能力が高い。それゆえに、歯止めがきかなくなると厄介だ」
「でも近年はね」
サイルが優しく補足した。
「常識を持った異世界人たちが、問題のある者を見つけて、独自に裁いたり、止めたりしているそうです。私たちの世界と、きちんと“共存”しようと努力してくれている方も少なくありません」
「それに」ロザが続けた。
「そもそも異世界人って、この国じゃ“五年に一人出るか出ないか”くらいのレアケースなのよ。そのうち、“ダンジョンマスター”としてこの世界に何かを遺す人なんて、ほんの一握り。数自体は、決して多くないの」
「そっか……」
ハルは真剣な顔で小さく頷いた。
「でも、そういう“誰かの想い”で作られたものだとしたら、ちゃんと知りたいな。どんな人が、何のために作ったのか……って」
リュカも隣で、珍しく真面目な顔つきで言葉を添えた。
「うん、わかる。俺たちがこうして中を歩いてるってことは、何か伝えようとしてるのかもしれないよな。……敵意だけじゃない“なにか”が、残ってる気がする」
ロザはふっと微笑んで、楽しげにリュカへ視線を向けた。
「ふふっ、そうね。それこそ、リュカくんの好きな“ロマン”ってやつよね」
「あっ、バレてました!?」
リュカは照れたように笑いながら、草の上にごろりと寝転がる。
「ロマンがなきゃ、冒険者なんてやってられないもんな!」
「ロマンは素敵だわ」ロザは静かに頷いた。「でもそれは、ちゃんと“帰ってこられる”ことが前提よ」
その目がわずかに鋭くなる。
「いい? これから先、もしこのダンジョンが“異世界人が中に作ったもの”だとしたら、階層ごとにまったく違う仕掛けや環境が出てくるかもしれないわ。……今まで以上に、危険が増すということ」
仲間たちの顔に、自然と緊張が走る。
「だから、進む前に確認しておきたいの。もし何かあったら、迷わず引きなさい」
その言葉には、明確な指揮官としての意志が込められていた。
「たとえそれが、私たちが危険にさらされている最中だったとしても、“引け”と言ったら、必ず戻って。これだけは約束してほしいの」
一瞬の沈黙の後——
「……はい」
ハルが真っ直ぐに頷いた。
「必ず、守ります」
「はい、約束します」リュカも片手を上げて、力強く返す。
「でも、引けって言われるまでは、全力で助けますからね!」
「ふふっ!ありがとう」ロザが頷き、優しく微笑んだ。
「うむ、わかってくれて何よりでござる」
クロはぽよんと跳ねながら、静かに片目を閉じる。
「生きて帰ることが、冒険の流儀でござるゆえな」
「……仰せのままに」アオミネは腕を組んだまま、静かに息をついた。
「ハルとリュカが逃げ切れるまでは、俺たちが時間を稼ぐ。そこは譲らないぜ」
サイルも穏やかに頷きながら、真っ直ぐに言葉を続けた。
「そうですね。私も、最後の一人が安全に帰れるように——その背中を守ります」
再び風が吹き、草を撫でる。
その中で、六人の視線が重なった。
それぞれの心に、一つの約束が深く刻まれた瞬間だった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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