転移と満天の星空
——その静寂は、ほんのわずかな間だった。
突如、空間がきしむような音を立てる。視界の端が歪み、まるで一枚のガラスを割ったかのように、今までいた部屋の風景がバラバラと崩れはじめた。
「……なにごとっ!?」
ハルが慌てて足元を見つめると、床も壁も棚も、静かに、しかし確実に砕けていく。音はないのに、世界が剥がれていく感覚だけが、ひたひたと迫ってきた。
「これは……転移魔法……!?」ロザが目を見開き、すぐさま全身に緊張を走らせる。
「結界のような空間が……解けたのか」アオミネが剣を構え、無意識のうちに周囲を見渡す。
クロは素早くハル達の前に飛び出し、いつでも守れるように体を広げる。
「誰が仕掛けたものでござるか……まだ敵がいる可能性もある」
「皆さん、警戒を……!」サイルも真剣な顔で周囲に注意を向け、瞬間移動に備えるように身構えた。
——そして。
光が、一気に視界を覆い尽くす。
気がつけば、一行はまったく別の場所に立っていた。
見渡す限りの草原。風に揺れる柔らかな草が、足元一面に広がっている。夜空は高く、果てなく、空には無数の星々が瞬いていた。
それはまるで、空が地上に降りてきたかのような美しさ。
星の光が、風景をほんのりと照らし出していた。夜であるはずなのに、不思議と暗さは感じられない。柔らかな光に包まれ、世界そのものが、ひととき夢のような静けさに包まれていた。
「……うわぁ……っ」
感嘆の声を漏らしたのは、ハルだった。
「なにこれ……星が、降ってきそう……」
その横で、リュカもぽかんと口を開けたまま、空を仰いでいる。
「すっげぇ……ここ、どこだよ……! さっきまであんな戦いしてたのが、うそみたいだ……!」
アオミネがちらりとリュカたちに目を向け、ため息のように言った。
「……緊張感が足りねぇぞ、お前ら」
「状況としては普通ではありませんね」サイルがすっと瞳を細める。
「ええ、ここがダンジョンの一部だとしたら、油断はできないわ」ロザも視線を空にやりながら、手を杖にかけ直した。
緊張を張り詰めたままの数人と、目の前の光景に見惚れる者たち——
その温度差は、年齢の差か、経験の差か……
夜空に感動している2人を横目に、
ロザ、アオミネ、サイルの三人は、気持ちを切り替え、まずは周囲の安全確認に移る。
「この草原……広すぎるけど、魔力の流れは穏やかね。敵の気配も、今のところ感じないわ」
「後ろを見ろ。あれ……帰還陣だな」アオミネが剣を下げ、地面に浮かび上がる複雑な魔法陣を指さす。
「こっちには……次階層へのポータルもあります」サイルが柔らかく呟いた。「この地点は、おそらくセーフティーゾーンで間違いありませんね」
三人はほっと息をつき、ようやく張り詰めた空気がほどけていく。
改めて辺りを見回すと、夜風に揺れる草の間に、何かがぽつぽつと光を反射していた。
「……あれは?」ロザが足元に視線を落とす。
まるで瓦礫のように、金属のかけらが点々と散らばっていた。ねじれた板、歪んだ継ぎ目、そして時折、魔力の痕跡を帯びたパーツが、淡く星の光を反射している。
「おーい、なんかまたガラクタ落ちてるぞー!」リュカの声が、星空に向かって元気に響いた。
「ガラクタじゃないってば、リュカ! これは……たぶん、魔導鉄の破片だよ!さっきの魔導士の中に使われてたんじゃないかな……」
ハルがしゃがみ込み、破片のひとつを手に取りながら目を輝かせる。
「この質感、前のと違う……もしかして、新種かも。持って帰ったらツムギお姉ちゃん、絶対喜ぶと思うんだ!」
ハルが目を輝かせながら魔導鉄のかけらを手に取ると、隣にいたリュカも、しゃがんでそれをのぞき込んだ。
「ほんとだ……ちょっと青みがかってる。前のより軽い気もするし……」
「そうだよな。エドさんもきっと大喜びだぞ!」リュカがにっと笑う。「見せるの、楽しみだな!」
ハルは嬉しそうに頷いた。
「うん、創舎に帰ったら、すぐに報告しなきゃだね。何かに使えるか、調べるのも楽しみだよ!」
草の上に、魔導機の残骸が静かにきらめく。空からは、変わらず星の光が降り注いでいた。
ロザは、星空に見惚れるふたりをちらりと見て、小さくため息をついた。
「……まったく。あんなにしっかりしてるのに、やっぱりまだまだ子供ね」
その隣で、クロは腕を組みながらうねうねと体を揺らす。
「油断しているときこそ足元をすくわれる……教えたはずでござるがな」
ぶつぶつと呟きながらも、どこか楽しげな口ぶりだった。
アオミネは片手で剣を肩に担ぎながら、草の上に転がる破片をつまみ上げた。
「ドロップに夢中で、こっちの警戒まるでなし……ったく、頭が痛くなるぜ」
サイルは静かに微笑みながら、ふたりの様子を眺めていた。
「でも……いいものですね。あんな風に、無邪気に笑えるというのは」
軽く肩をすくめて、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
ロザはくすっと笑って、腰に手を当てた。
「今は少し、リラックスさせてあげましょう。……後でまとめて、がっつり教え込まないとね」
その言葉に、クロとアオミネが同時に頷いた。
「異議なしでござる」「賛成だな」
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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