回復魔法は根性で
4月14日投稿です
訓練場の出口で、火属性講座を終えたリュカと合流した。リュカは頬をほんのり火照らせながら、弾けるような笑顔を浮かべていた。
「ハル!ついに《ファイア》を撃てるようになったぞ!ちょっとだけだけど、これで野営の火おこし係はバッチリだ!」
「すごいじゃん!僕は、《エアスラッシュ》と《ウィンドサークル》使えるようになったよ!夏の冷風係はお任せあれ!」
リュカがニカッと笑いながら、ハルの肩をぽんと叩く。
「……そうか、ハルも魔法使えるようになったのか!じゃあさ、俺たち、もしかしてさ……ダンジョン、行けるかもしれないな!いつか一緒に潜ろうぜ!」
「……うん!絶対行こう!」
ダンジョンの中には、まだ誰にも見つかっていない素材が、きっと眠っている。
リュカが好きな、まだ見ぬ世界の冒険だって、そこには待っているかもしれない。
それからしばらく、ふたりはベンチに並んで座りながら、もし一緒にダンジョンに潜るとしたら──という話で盛り上がっていた。
どんな装備で行く?どんな役割分担にする?宝箱は誰が開ける?
リュカは前衛で敵を引きつけて、ハルは後ろからサポートと回復。
そんな風に自然と話が弾み、笑い合いながら夢を膨らませていた。
そして、あっという間に休憩時間は過ぎてしまう。
「じゃあ、俺は剣技の講座、行ってくるな!」
「うん、僕は回復魔法の方!」
そう言って手を振り合い、それぞれ次の訓練へと向かっていった。
次の講座は、回復魔法——ヒールの基礎訓練だった。
ハルには、どうしてもこの魔法を習得したい理由がある。
一つは、冒険のとき、仲間を守れるようになりたいから。
もう一つは……母の、原因不明の目の病気。その理由が、もしかしたら自分で分かるようになるかもしれないから。
(たとえヒールがまだ使えなくても、回復魔法の魔力の流れさえ感じられれば……母さんの病気の正体に近づけるかもしれない)
そんな強い思いを胸に、ハルは講座に臨んだ。
「回復魔法は、魔力を“癒し”のイメージで扱うのがコツです。まずは、手のひらに光の粒を集めて、それを患部へと導くように……」
教官がそう言いながら、手をかざすと——ふわり、と彼女の掌に淡い光が灯り、そのまま優しい光の帯が腕の表面に流れていった。
(……すごい……これが、回復魔法……)
感動とともに、いよいよ実践の時間がやってきた。
けれど——
「……う、ん……?」
風魔法のときとは、何かが違っていた。
いくら集中しても、あの時のように“魔力が集まってくる”感覚がまったく来ない。声を出してみても、詠唱が空に消えるだけで、何も起こらない。
それどころか、教官が見せてくれる癒しの光が、どうやって生まれているのかすら、よくわからなかった。
周りを見渡すと、同じく訓練を受けている学院の子たちも、みんな苦戦している様子だった。
そんな中、ひとりだけ——小柄な女の子が、掌の上に淡い光の粒を集めていた。
教官が「成功だ」と頷き、彼女はほっとしたように微笑む。
後から聞いた話では、彼女は回復適性が★5あるとのことだった。とても羨ましい。
みんなが苦戦を強いられる中、講座を担当していた優しそうな女性の教官が、話しだした。
「回復魔法はね、生まれつきの適性が強く出る魔法のひとつなんだ。だけど、それだけじゃないよ。焦らなくていいの。今日からは、“観察する”訓練を始めてごらん」
「……観察、ですか?」
「うん。怪我や病気をしている人の身体を、透かすように“見る”練習。
目には見えないけれど、魔力の流れが滞っている場所や、澱んでいる場所って、感じようとすると少しずつ見えてくるの。
それができるようになれば、“そこに魔力を送る”という回復魔法の第一歩に近づけるわ」
(……体の中を、透かして見る……)
イメージができれば、もしかしたらいけるかもしれない。
根性で掴んでやる! そう思った瞬間、ハルは「やってみます!」と力強く頷いた。
すると、他の生徒たちも次々に顔を上げ、「私も……!」「やってみたいです!」と声を重ねていく。
みんなの瞳には、小さくても確かな光が宿っていた。
教官は、その様子に満足げに頷くと、ぱんっと手を叩いて言った。
「その意気よ!回復魔法は時間がかかるけど、諦めなければ必ず見えるものがあるわ。これはその手助けになるはず——はい、あなたに、そしてあなたにも」
そう言って、一人一人に小さな教本を手渡していく。表紙には《初歩から学ぶ癒しの手》と、柔らかな書体で刻まれていた。
ハルはその本を両手で受け取りながら、ぎゅっと胸に抱きしめた。
(毎日練習するぞ。ぜったいに)
講習が終わり、ギルドの待合スペースへ戻ると、そこにはベンチにへたり込むリュカの姿があった。
「ハル……俺、もう動けん……腕が……上がらん……」
肩で息をしながら、ぐったりと天を仰ぐリュカ。その顔は汗と疲労でくしゃくしゃだ。
「そんなに厳しかったの?」
「鬼……鬼教官だった……!斬って、避けて、また斬って……鬼がそこにいるような感じだった……筋肉がまだピクピクしてるよ……」
辛そうにぐったりしているリュカを見て、ハルはふと気づいた。
擦り傷やアザが、腕や足に細かくいくつもできている。
(これって……今の僕にぴったりの“観察対象”かも……!)
体の状態を観察するイメージの練習には、まさに最適なサンプル。早速ハルは教官の言葉を思い出しながら、リュカの顔、肩、腕……じっと見つめだした。
(うーん……肩と腕がすごく疲れてる……ような……気がする……)
「……な、なあハル。さっきから黙って見てるけど、俺になんかついてる……?」
「えっ、あ、ごめん!ちょっと回復魔法の練習に観察してただけで……!」
「こえーよ!しかもおれは練習台かよ……!」
「いや、だってちょうどよく疲れてたから……!」
「それ褒めてる!?褒めてねぇよな!?」
そんなやりとりをみて、近くの教官がくすっと笑っていた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
↓同じ世界のお話です
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