表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜  作者: 花村しずく
忘れ谷編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/163

まやかしの部屋の鍵

 アオミネ、クロ、そしてリュカの三人は、部屋の一角に雑然と積まれた素材棚に張りついたまま、あれこれと試すように手を伸ばしていた。瓶、箱、布きれ、金属片──見た目は多種多様だが、どれも触れた瞬間にふわりと光を放ち、まるで幻のように消えてしまう。


 「やっぱり……ほとんどが、触れただけで消えるな。幻影ってやつか」アオミネが低く呟き、棚の奥を見やる。


 「されど、手当たり次第というのも……効率がよいとは申せませぬな」

 クロは、軽やかに跳ねて棚の上段へと身を移した。

 「とはいえ、やってみねば始まらぬ。探すほかござらぬな」


 そのときだった。


 「……あっ! これ、触っても消えない!」と、リュカが声を上げた。


 三人の視線が、一斉に彼の手元へと集まる。リュカの手の中には、小さな瓶──淡く水色に光る液体が半分ほど入った、ポーション容器のようなガラス瓶があった。銀色の細い金具でしっかりと蓋がされており、どこか品のある質感が見て取れる。


その声に、アオミネとクロが一斉に振り向いた。


 「ふむ……やはり、幻ばかりではなかったか」


 クロは慎重に跳ねながら棚へ近づき、別の素材に触れてみる。


 「……これも、だめでござるな。手に取った瞬間、幻のごとく消えた……。だが、あの瓶は――確かに“在る”」


 「他にも、実体があるものが隠れてるかもしれないな。探してみよう」


アオミネが声をかけ、三人は周囲の棚に並ぶ素材のひとつひとつを、注意深く調べ始めた。


 「うわ、こっちの粉……ふわって消えた。惜しいっ」


 リュカはそう言いながら、笑顔のまま次の棚へ移動していく。いたずらっぽい瞳が、ひときわ楽しげに輝いていた。


 「手分けして、引き続き探索を――」


 クロは静かに跳ね、棚の縁へと身を移した。つぶらな金の瞳が、周囲の気配を鋭く読み取っている。


 三人は、まるで宝探しのように、それぞれの棚へ手を伸ばし始めた。瓶の表面をなぞり、栓を押し、容器の重みを確かめながら、隠された“本物”を探していく——そんな動きが、部屋の中に静かな熱気をもたらしていった。


 一方その頃、ハルは静かに植物棚の前に立ち、何かに気づいたように目を細めていた。


 整然と並んだ植物分類の棚は、左から順に、〈野草〉〈薬草〉〈毒草〉〈魔草〉と、とても丁寧に整理されている。その並びの規則正しさには、どこか人工的な気配すら漂っていた。


 ——けれど。


 その端に、ひときわ異質な一冊が紛れ込んでいることに、ハルは気づいた。


 装丁は古く、背表紙には、読み取りづらい筆致でこう記されていた。


 『歪時空干渉術における多重因果操作と収束転位』


 (……? なんだこれ、植物と関係なさすぎる……)


 タイトルの意味はほとんど理解できなかったが、明らかに周囲の分類からは外れた一冊だ。


 それを見つめながら、ハルはごく自然に手を伸ばしかけて——ふと、指を止めた。


 (なんとなく……これは、まだ触ってはいけない気がする。みんなに確認してからの方がいいかもしれない)


 根拠のない直感が、彼の動きを制した。


 「みんな……ちょっと、こっち見てくれる?」


 ハルは静かに呼びかけ、植物棚の前にみんなが集まってくるのを待った。


 「ここに、ちょっと気になる本があるんだ。でも……なんとなく、勝手に触っちゃいけない気がして……」


 その言葉に、ロザが穏やかに頷く。


 「それは正しい判断よ。さすがハル君ね。それにしても——“時空干渉による領域歪曲の誘発理論”なんて、本棚の中でこの一冊だけ、明らかに異質すぎるわ」


 彼女は本の背表紙を指先でなぞるように見つめ、ふっと目を細めたかと思うと、そのまま柔らかく笑みを浮かべた。


 「カイルはね、見つけたものをすぐに触ってしまって、よくいろんな“事件”を起こしていたわ。あのときも……ふふ、思い出すだけで、頭が痛くなるわね」


 呆れたような声ではあったが、その表情にはどこか懐かしさと、楽しげな色が滲んでいた。


 「……私がワナ感知を持っているのを知っていたはずなんですけどねぇ」


 横から静かにサイルが呟き、肩をすくめるように微笑んだ。


 「では早速、せっかく気づいてくれたんです。ちょっと、私が確認してみましょう」


 サイルは歩み寄ると、棚の前にしゃがみ込み、慎重にその一冊を目で追った。


 「……確かに、何か危うい気配は感じますね。すぐに触れずにいて正解でした。もう一度、この部屋を見直してから考えましょう」


 「サイルさんが罠感知できるなら、部屋全体を見てもらえばいいんじゃないんですか?」


 リュカがやや素直に、だが期待を込めて尋ねた。


 しかし、サイルは少し困ったように笑った。


 「残念ながら、私の罠感知は“万能”というわけではないのですよ。発動の直前でないと分からなかったり、“何かおかしい”という曖昧な反応だったり……。ですから、しっかり自覚してからでないと意味がなくて……情けない話ですが」


 「えっ、でも、それでも十分すごいですよ」


 ハルが慌ててフォローを入れると、サイルは小さく頷き、再び本に視線を戻した。


  その後、全員でもう一度部屋をくまなく調べ直してみたが——


 手がかりらしい手がかりは、リュカが見つけた水色に光る液体と、ハルが見つけた一冊の奇妙な本だけだった。


 「……やっぱり、他に実体のあるものは見つからなかったね」


 リュカが手のひらで瓶を軽く回しながら呟く。


 部屋の棚に並ぶ無数の本と素材は、相変わらず手を伸ばせば幻のように消え、目の前にありながら、実際には触れられない——そんなまやかしのような空間が広がっていた。


 「となると、やはり……あの本が“鍵”かしらね」


 ロザがゆっくりと視線を本棚へ戻す。


 「では……取り出してみましょうか」


 ハルが小さく息をのむ。視線の先には、あの本——《歪時空干渉術における多重因果操作と収束転位》と記された、ただ一冊の異質な背表紙。


 静寂が満ちる。


 その中心にある一冊の本は、まるで誰かが「見つけてくれるのを待っていた」かのように、そこに在った。


 (何が起こるかは、わからない。でも——)


 ハルはそっと手を伸ばす。


 そして、指がその背に触れた——

明日も23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

https://ncode.syosetu.com/n3980kc/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ