研究室の大捜索
「人工物だとしたら……自然発生型の忘れ谷の中に、新たにダンジョン構造を組み込んだことになるわね」
ロザが、目の前の書斎机に置かれた紙束を手に取りながら、冷静に言葉を継いだ。
「確かに……それなら、副ルートが今まで見つけられなかった理由にも説明がつく」
サイルも、近くのノートを手に取りながら頷いた。繊細な文字が丁寧に並んでいるが、いずれも断片的な記録で、専門的な用語も多い。
「禁忌や古代魔法に関する記述が多いですね。どうやら、かなり執着していた方のようです……」
そう言いながら、サイルは淡い光を纏った指先で魔力痕を探るように紙面をなぞり、要点をメモに書き写していく。
「この内容が本当なら……かなり貴重な知識です。カイルさんが見たら、興奮してしまいそうですね」
「ふふ、確かに。古代魔法の設計に関する考察も混じっているわ」
ロザは一枚の図面らしき紙を広げながら、淡く笑んだ。冷静な視線の奥に、わずかな好奇心がのぞく。
「こっちは……いろんな素材が置いてあるみたい!」
棚の奥に進んだハルが、ぱっと目を輝かせる。そこには、薄く光を帯びた瓶や、錆びついた歯車、古びた巻物の断片、何かの骨片や金属片のようなものが、雑然と並べられていた。
淡く瞬く瓶の中には、液体がゆらめいているように見えるものもあり、棚全体がまるで宝石箱のような輝きを放っていた。
「わ……これ、すごい……!」
そっと指先で、ひとつの瓶に触れようとした瞬間——
瓶は音もなく崩れ、さらさらと細かい粒子になって消えてしまった。
「えっ……!?」
慌てて隣の歯車にも触れてみるが、同じように、触れた途端にパラパラと粉のように消えていく。幻影、あるいは魔力によって投影された仮初の像——そんな印象だった。
「……見た感じは本物みたいなのに、触ると消えちゃうんだ……」
目の前に広がる光景は確かに美しく、素材好きのハルからすれば魅力的な空間だったが、そこにあるものは、どれ一つとして“実体”を持ってはいなかった。
まるで、誰かが“素材”の記憶だけを並べていたような——そんな奇妙な空間だった。
すべての棚を一通り見回ったあと、一同は書斎の中央に再び集まった。部屋には不思議な静けさが満ち、先ほどまでの賑やかな探索が嘘のように落ち着いた空気が流れている。
「……結局、何の仕掛けもなかったな」
アオミネが腕を組みながらぼそりと呟く。クロも小さく頷き、ぽよんと跳ねるように足元を移動した。
「幻の素材に、ハリボテの本棚……これはつまり、“本物は何もない”ということかのう」
「いや、そうとも言い切れないわ」
ロザが言葉を挟む。彼女はまだ書斎のテーブルに残されたメモをじっと見つめていた。
「もし、何も得られないのなら……これは“諦めてセーフティーゾーンから帰りなさい”という暗黙の選択肢なのかもしれない。けど……」
そこまで言って、彼女はふっと微笑む。
「……それって、ちょっと悔しいわね」
「確かに……解けないなら帰れ、って言われてるみたいで……それって冒険者として負けを認めるみたいで……」ハルも小さく呟く。
「でも、全部が幻ってわけじゃありませんよね」
サイルが静かに言い、手にしたメモ用紙をひらりと掲げる。
「このメモも、ノートも、書かれている内容には実体がある。読めるし、消えない。そして、本も“中身”は空でも、タイトルはきちんと読める」
「つまり……文字だけは、ここで唯一“本物”ってことか……?」リュカが眉をひそめながら、再び棚を振り返る。
「文字……そうか! この部屋、研究者の部屋を模してるとしたら、鍵になるのは“記録”や“知識”のはずだよね!」
そう言ったハルの言葉に、みんなが一斉に頷いた。
「じゃあ……メモに書かれてた内容と一致する本棚を、もう一度確認してみよう!」
ロザとサイルがすでにいくつかの棚に目を向け始めていた。
誰が仕掛けたのかはわからない。けれど確かに、この部屋には“何かを解かせよう”とする意志が存在している——
そんな気配が、じわじわと部屋全体に広がっていた。
「……やっぱり、何か一つくらいは、本物が紛れてるはずなんだよな」
アオミネがぼそりと呟くと、クロが「拙者も同感でござる」とぴょこんと跳ねながら応じた。
「幻と見せかけて、何かしらの“鍵”が混ざっておる可能性は高いでござるな。全部が全部、偽物というのは逆に不自然でござるよ」
ふたりは素材棚に並んだ小瓶や部品、古びた道具を順に確かめていく。棚の奥に手を伸ばし、ときに影に隠れた小さなものを指先で探り、注意深く観察を続けた。
「リュカも来たか」
「はい!こっちの方がなんかワクワクするしさ。手当たり次第触ったらいいんなら、そっちの方が俺には向いてると思うので!」
リュカもしゃがみ込み、ひとつひとつ素材に手を伸ばし始める。その様子はまるで宝探しのようで、三人の動きは静かだが真剣そのものだった。
一方で、ハルは植物関係の棚の前に立ち、指で棚の縁をなぞりながら、ゆっくりと見て回っていた。
「……“薬草”、こっちが“毒草”で、そっちが“魔性植物”……ちゃんとジャンル分けはれてるんだな……」
彼の瞳が棚の上から下までを何度も往復し、その表情にわずかな違和感が浮かぶ。
「ジャンル分けの仕方が、統一されていて、まるで図書館みたいだ……」
ハルはアークノートを取り出し、ジャンル名と本の背表紙のタイトルを簡単に書き写しながら、メモを積み重ねていく。
——きっと何かあるはずだ。違和感だ……違和感を見つけよう。
並び順? 分類法? あるいは、別の視点から見ても整合性があるのか——。
そんな思考が、彼の中で静かに回り始めていた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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