ダークウルフとサイルの授業
少しの沈黙が流れた後、ハルが声を落として言う。
「——あの、父のこと、もっと聞かせてくれませんか?」
それに応えたのは、静かにハーブティーを置いたサイルだった。
「彼の話なら、いくらでもできそうですね……」
その場にいたロザとアオミネ、クロもそれぞれ目を細め、自然と語り出す空気が生まれる。
サイルがゆっくりと思い出すように言葉を紡いだ。
「素材が好きな方でしたよ。特に、古代魔法陣とか、変わった仕掛けを見つけると目を輝かせて……あの人にしか見えていない“面白さ”があったんです」
「謎解きは得意だったな」アオミネが微笑を浮かべながら続ける。「封印文書の文字を追いながら、“これを誰が何のために作ったのか”を考えるのが好きだった。子どもみたいに目を輝かせてね」
「ふむ、だが……罠にはよくかかっていたでござるな」クロがぽよん、とテーブルの上で跳ねながら呟く。「目の前のドロップしか見えておらなんだ。罠に嵌っておるのに、“おおっ、レア素材!”じゃと……」
場にくすっと笑いが広がる。
「……でもね」ロザが柔らかく言葉を継ぐ。「あの人、薄情な人じゃないの。最後に、私たちに“人助けだ”って、それだけ言って出て行ったの。多くは語らなかったけど……あの真剣な顔、今でも忘れられないわ」
「彼はきっと、今も誰かのために動いているんでしょう」サイルが穏やかに言った。「焦らずに、戻ってくる日を待ちましょう。私たち、ギルドという居場所もあるし……こうして、あなたとも出会えた」
ハルは、四人の語る父の姿を胸に刻みながら、小さく頷いた。
やがて、ひと息ついた空気のなかで、ロザが立ち上がった。
「……さて、そろそろ行きましょうか」
その言葉に皆が頷き、荷物を整える。ハルはポシェットを、ぎゅっと胸に抱きしめてから、立ち上がった。
屋敷を囲む柵に設けられた、鉄製の扉。その前に立ったサイルが手を伸ばすと、ぎぃ、と重く音を立てて開かれた。
中から流れてくる空気は、明らかに先ほどまでとは違うものだった。
——空気が、重い……。
ハルは思わず息を呑んだ。空気に含まれる魔力が濃く、体の奥にじんわりと染みこむような感覚があった。
「……魔力の濃度が上がっています。この感じ……ボス部屋の前に似ていますね」
サイルの言葉に、皆が自然と表情を引き締める。
「気を引き締めて進みましょう。ここから先、何かが待っている気配があります」
リュカがうなずき、ハルの肩を軽くたたいた。
そして次の瞬間——
「……早速お出ましだぞ!」
リュカが剣に手をかけながら叫ぶ。目の前の茂みの陰から、低くうなるような音が次々と響いた。
——ガルルル……!
黒く濁った毛並み、鋭く光る牙、真紅の眼。
影のように姿を現したのは、数十匹のダークウルフたち。その瞳には理性の光はなく、侵入者を排除しようとする本能のままに、こちらを見据えている。
「……洋館の庭に番犬、ってわけね」
ロザが苦笑を浮かべながら、杖を構える。
「数は多いが、囲まれる前に前線を張る!」
「行くぞ、クロ!」
「心得た!」
アオミネが一閃と共に前に飛び出し、クロがその肩から跳躍して宙を舞う。
ロザとリュカもそれに続き、素早く前衛に出て応戦態勢を取る。
ハルは後方から、手元の属性盾を展開しながら状況を見極めようと目を凝らした。
そのとき、すぐ背後から穏やかな声がかけられる。
「ハル君、ひとつ授業をしましょうか」
「……え、いまですか!?」
戸惑いながら振り返ると、サイルはまるで散歩でもするかのような落ち着いた笑みを浮かべていた。
「ハル君は《ライト》が使えますよね? ではその光を、“溜め込む”イメージで——掌の中に、ゆっくりと球体を作るようにしてみてください」
そう言いながら、サイルは自らの手のひらにふわりと光の球を作り出した。その球は徐々に明るさと圧を帯び、まるで熱を内に抱えた太陽の欠片のように変化していく。
「そして、ある程度の大きさになったら——こうです」
サイルがそのまま、光の球をダークウルフの一体へと軽やかに投げた。
——パアァンッ!
光の閃光が炸裂し、闇の魔物が一瞬で塵のようにかき消えた。
「闇属性の魔物には、このように非常に効果的です。光の密度、つまり魔力のこめ方で攻撃力も変わりますから、いろいろと試してみてくださいね」
戦闘の最中、突然はじまる魔法の授業。しかも、淡々と敵を一撃で倒してしまったサイルの余裕ある姿に、ハルは一瞬ぽかんとしてしまう。
(な、なんでそんなに落ち着いてるの……!?)
けれどその驚きと共に、ハルの胸にはふつふつとした好奇心とやる気が湧き上がっていた。
「……よし、やってみよう!」
手のひらに意識を集中しながら、ハルは自分なりの“光の玉”を作り始めた。
その背後で、サイルは静かに目を細めながら、そっと呟く。
「……カイル、本当にあなたによく似ていますよ」
面白そうなことには、すぐに目を輝かせる。
人の話を素直に聞いて、真っ直ぐに挑戦する。
そして——何より、誰かを守るために強くなろうとする、その優しさ。
サイルは小さく、けれど確かな声音で続けた。
「……死なない程度には、鍛えますから。早く迎えに来なさい、カイル」
その眼差しには、かつての仲間への想いと、今を託された者への深いまなざしが滲んでいた。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
https://ncode.syosetu.com/n3980kc/




