3人と1匹の後悔
歩みを進める中で、ロザは足元に目を留め、ふたりに声をかける。
「この葉の縁、よく見て。ほんのり青みがかってるでしょう? これは、回復薬の補助素材になるの」
ハルとリュカが目を輝かせながらうなずく。
「あと、このあたりに生えてるキノコ——傘の裏が黒っぽいのは、避けた方がいいわ。見た目は似てても、毒性の強いものが多いから」
「は、はい……!」
「石の中に光る筋が見えるのは、品質の良い魔石の特徴です」サイルもそっと指さして教えると、ふたりはアークノートを手にして、せっせと書き込んだ。
その間にも、現れる植物系の魔物たち。
根で絡め取ろうしてくる動く草のような魔物に、リュカの火球が直撃する。
「よし、弱点通り……!」
ぱっと燃え広がった炎に、ハルが思わず歓声を上げた。
「火盾、展開っ!」
ハルの手元から放たれた風属性の攻撃が、魔法陣を通じて跳ね返され、魔物の頭上に炸裂する。
その様子を見ていたサイルが、感嘆の声をもらす。
「さすがはPOTEN創舎……どんなものでも、違う角度から活かしてみせるのですね」
「えへへ……でも、あれは、攻撃が効かない敵に困りはてて、苦肉の策でやってみたら、たまたまうまくいっただけで……」
ハルが苦笑まじりに言うと、みんなから小さな笑い声が上がった。
そんな、学びと発見に満ちたひとときが、静かなジャングルの中に広がっていた。
やがて、一通りの探索を終えた一行は、ふたたび立ち止まる。
「む……やはり、あの洋館こそが、この階層の“核”と見て間違いなかろうな」
クロの言葉に、周囲が静かにうなずいた。
今までの記録は、あえてその建物を避けて進めてきたものだ。けれど、地図がある程度整った今、もう足を踏み入れぬ理由はない。
「……では、参りましょうか」
洋館の前にたどり着いたとき、足元の魔法陣がかすかに光を放つ。
「これは……セーフティゾーンのようです。帰還陣も確認できます」
サイルが優しく告げると、どこか張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。
ロザは門柱の魔力痕をじっと見つめたまま、ぽつりと呟く。
「このダンジョン、全体の難易度は割と高いけど……“死なせないように作られている”感じがするわね。実力不足を感じた冒険者が、途中で引き返せる設計。親切な構造よ、自然発生型にしては珍しいくらい」
アオミネが腕を組みながら頷いた。
「確かに……ここまで安全性を意識した構造は、人工的な意図を感じる。単なる偶然か、それとも——」
「“そう見せかけているだけ”という可能性も、考慮しておいた方が良いでしょうね」
クロが静かに続けると、リュカとハルは目を丸くして頷いた。
「……なるほど」
「奥に進むほど、仕掛けが変わってくるかもしれないってことですね」
ふたりの言葉に、ロザがやわらかく微笑む。
「ええ、だからこそ、いまのうちに少し体を休めておきましょう」
静けさの中で、風が草木を揺らし、鳥の声がどこかから届いた。冒険の途中、束の間の穏やかな時間が、そこに流れていた。
「じゃあ……お弁当、食べませんか?」
ハルがそう言ってポシェットから取り出したのは、保冷温魔布に丁寧に包まれた、お弁当の包みだった。
「バルド先生が作ってくれたんです!」
その一言に、場の空気がふわりとほどける。
包みを開けば、ジューシーなステーキと彩り豊かなサラダ、甘いおやつに、ハルの大好物——バルド特製のジュースまで、ぎっしりと詰まっていた。
「ふふ……まるで小さなごちそうね。見ているだけで楽しくなるわ」
ロザが思わず感嘆の声をあげ、サイルも「いただきます」と穏やかに頭を下げる。
そして、クロがひょこりと跳ねながら、おやつの包みを覗き込んだ。
「おおっ……これはもしや、抹茶味の……!」
丸い目(?)がさらにきらきらと輝く。
「好きだっていってたから、抹茶味。バルドさん、ちゃんと覚えてくれてたんだ」
ハルが微笑むと、クロはくるりと身体を回して、ぴょんと跳ねた。
「拙者、深く感謝するものでござる……!」
「バルド先生の他のおやつも、すっごくおいしいよ! 今度、遊びにおいでよー! 僕の仲間たちも、きっと喜ぶからさ!」
「……そのお誘い、心よりそそられる……!」
そんな軽やかなやりとりの中に、緊張をほどく小さな団欒のぬくもりが広がっていった。
その様子を見守っていたロザが、ふと、柔らかな声で口を開いた。
「ねえ、ハル君……実は、ずっと伝えておきたいことがあったの」
ハルが首を傾げる。
「わたしたち……かつて、君のお父さん——カイルと、パーティーを組んでいたの。長い時間をともに戦ってきた、かけがえのない仲間だったわ」
「……!」
リュカも驚いたように目を見開き、ハルは静かに言葉を飲み込んだ。
「内緒にしていたわけじゃないの。ただ、きっといつか話すべき時が来るって……それが、今なんじゃないかと思ったの」
サイルが穏やかに頷いた。
「カイルさんは、信頼と誠実の人でした。道に迷いそうな仲間を、いつもさりげなく支えてくれる、そんな存在でしたよ」
「ふむ……あの方の“誇り高さ”は、我らが深く学ばせてもらったものの一つにござるな」
クロの言葉に、どこか誇らしげな響きが宿る。
アオミネは静かに目を伏せ、小さく微笑んだ。
「……彼の背中を、今でも思い出すことがある。あの時、もっとしつこく理由を聞いていれば、と何度も思った。でも、もう遅い」
そしてゆっくりとハルに目を向ける。
「だけど今、君がこうして立っている。それだけで、俺たちにとっては十分だ。……未来を信じる理由になる」
ハルはじっとその言葉を受け止めるようにうなずいた。目の奥が少しだけ潤んでいたが、強く瞬きをして、まっすぐ前を向いた。
ハルがまっすぐに前を向いた、その静けさを見届けてから、ロザがふと目を伏せた。
「……本当に、どこに行ったのかしらね」
ぽつりと漏らされた声は、懐かしさと、少しの寂しさを滲ませていた。
「彼が最後に姿を見せたのは、人探しに出る直前だったわ。あの頃、何か深刻なトラブルに巻き込まれていたみたいで……ひとりで必死に動いていたの。でも私たちには、何も話してくれなかった」
ハルが、そっとロザを見る。
「ただ……“いつかこの意味がわかる。その時にまた会おう”って。それだけを言い残して、ふっと消えるように、姿を消してしまったのよ」
ロザの声には、ほんのわずかに悔しさがにじんでいた。
「だからね、こうして君と再び出会えたことが、私たちにとってどれだけ嬉しいことか……言葉では言い尽くせないの」
ハルはしっかりと頷いた。
「……僕、まだ何もわからないけど……でも、今の僕にできることを精一杯やって、いつかきっと父を見つけたいと思ってます」
その真っ直ぐな言葉に、ロザは目を細めて、そっと微笑んだ。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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