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風魔法の講習

 朝の光がPOTENハウスの窓から差し込み、食堂には昨日のご馳走の名残が、ほんのりとした香りとなって漂っていた。

 

 「よし、行ってきます」


 昨日は少し飲みすぎたのか、みんなはまだ静かに眠っている。

 起こさないようにハルは、そっと呟いて玄関の扉を開けた。

 朝の風がふわりと吹き抜け、背中を軽く押してくれる。


 今日は、冒険者ギルドの「基礎技能講座」へ参加する日。リュカに誘われて申し込んでおいた講座だ。


 リュカは火属性で、戦士系の訓練を希望している。剣を構える姿は勢いがあって、カッコいいので、つい見惚れてしまう。

 一方のハルは、風属性と、ほんの少しの光属性。

 光属性を持っていると使えることがあるという「回復魔法」は、できれば覚えておきたいと思っている。


 (少しでも戦えるようになって、ダンジョンに潜ってみたいな……。ダンジョンなら、きっと珍しい素材がたくさんあるはず)


 そう思いながら、ハルはギルドのある城下町へと歩き出した。


 ギルドの前には、すでに数人の同世代の学院生たちが集まっていて、にぎやかな声が聞こえていた。その中に、明るい栗色のくせ毛を揺らして手を振る少年の姿がある。


 「おーい、ハルー!」


 「リュカ、おはよう!」


 駆け寄ると、リュカは元気いっぱいに笑いながら、軽く背中を叩いてきた。


 「昨日の依頼、どうだった?おれの方はバッチリだったぜ!ちょっと戦闘になったんだけど、剣の練習の成果出たっぽくて何体か倒せたぜ!」


 「さすがリュカ!ほんと強いよね。僕の方も無事に終わったよ。魔導スライム、すっごく協力的で……かわいかった」


 「……かわいかった?」


 「うん、ぷるぷるしてて、言葉通じてるんじゃないかってくらい……」


 「ははっ、やっぱりハルだなあ!」


 二人でそんな話をしながらギルドの中へ入ると、受付の女性が柔らかく微笑んで出迎えてくれた。


 「ようこそ。訓練講座の受講ですね? 初心者向けの講座は、冒険者登録から1年間は無料で受講できます。希望の講座を選んでくださいね」


 講座は属性ごとの魔法訓練、戦士系の基礎訓練、回復魔法の導入講座などに分かれていて、複数の受講も可能だという。


 リュカは迷いなく「戦士訓練と火属性魔法!」と申し込み、

横でハルは少しだけ迷いながらも、「風属性と……できれば光属性の回復、それと……テイマーも……」と控えめに伝えた。


 「では、こちらが訓練用の装備になります。訓練中や危険な依頼の際は、必ず着用してください。ご自身で装備を用意された場合や、使用しなくなった際は、ご返却をお願いします」


 そう言って渡されたのは、軽装のマントと簡易防具、そして装備用の小さなポーチ。動きやすさを重視した、シンプルだけれど実用的な一式だった。


 「おっ、なんかそれっぽくなってきたな!」


 「……うん、ちょっと緊張するけど……楽しみかも」


 ワクワクと緊張が入り混じる気持ちを胸に、ハルは訓練場へと足を踏み出した。


 ハルが案内されたのは、ギルドの訓練場の中でも“風属性訓練”に指定された区画だった。広々とした屋外の空間に、魔力反応を感知する人形や、木製の的がいくつも設置されている。


 「風属性の基礎訓練は、まず“風を動かす感覚”を掴むところから始まります。無理に力を込める必要はありません。風は流れを作るもの。焦らず、自分の中の風に意識を向けてください」


 訓練を担当してくれる女性講師が、優しくそう声をかけてくれる。彼女の周囲では風がふわりと舞い、柔らかく彼女の髪を撫でていた。


 ——実は、前の人生でも同じように、この場所で訓練を受けたことがある。


 あのときは、《エアスラッシュ》をなんとか出せるようになったけれど、何度練習を重ねても威力が上がらず、戦闘に向いていないと判断されてしまった。


 それがきっかけで、戦う冒険者の道は諦めたのだ。


 (でも……今度の人生では、もう少し強くなりたい。素材を集めるだけじゃなくて、自分の足でダンジョンに潜って、レアな素材を集めて……)


 そう心に思いながら、ハルは静かに目を閉じる。


 (自分の中の……風……)


 森を歩いたときの風、ぽての毛をふわっと揺らす優しい風、そして冒険の朝、背中を押してくれた風——それらを心に浮かべながら、ハルは魔力を掌に集めた。


(……ここにある風を、少しだけ、借ります)


 そう心の中でそっと願った瞬間だった。


 ——風が、うねりを上げて咆哮した。


 掌に集めた風が、まるで待っていたかのように勢いよく渦を巻き、周囲の空気が一気にざわめいた。軽く舞い上がった落ち葉や訓練場の砂埃が、ハルを中心にふわりと円を描きながら舞い上がる。


 「っ……す、すご……!」


 講師の女性が目を見開いたまま、思わず後ろへ半歩下がった。


 風の流れは穏やかで、でも確かな力を持っていて、まるでハルの魔力に応えるかのように整っていた。


 今回の人生ではじめて発動させた《エアスラッシュ》は、今までハルが発動したどんな魔法よりも綺麗で、くっきりとした風の刃を伴って前方へと走り抜けた。


 《エアスラッシュ》が放たれた直後、訓練場は一瞬静まり返った。


 風の刃が目標の木製標的を正確に裂き、木片がさらさらと地面に落ちる音だけが響く。


 「……あなた、本当に初めての発動なの?」


 講師がゆっくりと歩み寄りながら、目を細めてハルを見つめた。優しい声だったが、その奥には、確かに驚きと興味が混じっていた。


 「は、はい……前に少しだけ、習ったことはあるんですけど……こんなふうに、ちゃんと使えたのは初めてで……」


 講師はふっと微笑み、そっと手を差し出すと、ハルの肩に軽く触れた。


 「風が、とても素直にあなたに応えてる。属性の相性がいいだけじゃ、ここまでの反応は見せないわ。……あなた、きっと風に好かれているのね。それに、集中の仕方がとても自然だったわ。何かを“思い出す”ような、そんな雰囲気だった」


 「……!」


 思わず顔を上げると、講師は優しく頷いていた。


 前の人生では、後悔ばかりが心に残っていた。

 でも、努力してきたことは無駄じゃなかった。積み重ねてきたことが、今につながってるんだと思えた。


 これからは——前には挑戦できなかったことにも、どんどんチャレンジしていこう。


 風魔法の訓練は、続いて《ウィンドサークル》の練習に移った。

 自分の周囲に風を巡らせ、複数の相手を一気になぎ払う回転型の広範囲魔法。初めての技にも関わらず、ハルはその感覚をすっと掴み、まるで昔から使っていたかのように、風を自分のもののように扱えた。


 「……やっぱりすごいわね、ハルくん。あなたは風と、とても仲がいいみたい。もし、また他の風魔法も練習したくなったら、いつでもここに来ていいわ。それと……これも、良かったら使って。講習を受けた子には配ってる教本よ」


 そう言って講師は、微笑みながら一冊の本を差し出してくれた。

 それは、風魔法の基礎と応用が丁寧にまとめられた、小さな革表紙の教本だった。

 ハルは大切に受け取り、深く頭を下げた。


明日も23時時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房

https://ncode.syosetu.com/N4259KI/


⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

https://ncode.syosetu.com/n3980kc/

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