火属性の魔導鉄
その日、学院の鐘が放課の合図を告げたとき——
ハルとリュカは、ふたり並んで通用門を抜けていた。
「ねえ、ハル。今日、もらえるんだよね、例のやつ」
「うん。完成したって聞いた。ツムギお姉ちゃんが来る前に、装備の打合せもあるみたい」
洋服の裾を揺らしながら、リュカが少し浮き足立つように歩幅を早める。
ハルもそれに合わせて、軽く駆け足になる。
「ジンさんたち、もう来てるかな?」
「たぶん。ツムギお姉ちゃんは今日は打合せで遅れるって。先に装備の事話しておいてほしいって言ってたよ」
午後の風が、二人の髪をふわりとなびかせる。
POTENハウスのある角を曲がると、見慣れた建物のシルエットが夕方の陽に照らされて、やわらかく光っていた。
「……やっぱ、なんかいいね。このあったかい感じ」
リュカのその言葉に、ハルは小さくうなずいた。
「うん。なんか、安心するでしょ」
ふたりは木の扉を前に立ち止まり、ハルがそっと扉を開いた。
「ただいまー!」
元気な声が広がると、すぐに奥の部屋から軽やかな足音が聞こえてきた。
まず顔を出したのはナギだった。
「あ、ハルおかえりー!それと……リュカくん、いらっしゃい!」
「こんにちは、お邪魔します!」
リュカが丁寧に頭を下げると、ナギはふわっと笑って、手を振った。
「どうぞどうぞ。今日は装備の話があるんだって?ジンさんとエドさん、先に準備始めてるよ」
ハルとリュカは、奥の作業部屋へと向かう。
作業部屋の扉を開けると、すでにテーブルの上にはいくつかの設計図と道具が広げられていた。
「おっ!来たか。早かったな」
嬉しそうな声でそう言ったのはジン。手を上げ、ふたりを見て微笑んだ。
「こっちの準備は一通り終わったよ。あとは何を作るか決めるだけ」
工具を手にしたエドが、手を止めずに言った。
「ツムギは、今日は外の打合せ? ま、その間にこっちはこっちで進めとくか」
ジンが静かにうなずく。
「さ、始めよう。ガラクタ魔導鉄について、何を作るか相談したいんだ」
ハルとリュカは顔を見合わせ、こくんとうなずいてから、空いている椅子に腰を下ろした。
こうして、POTENハウスの午後の作戦会議が静かに幕を開けた。
エドが一枚の布に包まれた金属の塊をそっとテーブルの上に置く。角度によって赤みを帯びるその表面は、どこか熱を孕んでいるような鈍い光を放っていた。
「まずは、この間預かっていた魔導鉄の話からだ」
エドが言いながら布を開くと、中から現れたのは、重厚な赤黒い金属片。その端にはかすかに魔力の波紋が揺れていた。
「いろいろ調べたけど、これは火属性の魔導鉄らしい。かなり純度が高くて、加工には少し癖があるけど……リュカ君、君が火属性を持っていると聞いてね。せっかくなら、君専用の道具を作れたらと思ってるんだ」
エドは視線を向け、やさしく問いかけるように続けた。
「何か、作りたいものの希望はあるかな?」
少しの沈黙のあと、リュカはまっすぐ顔を上げて、静かに言葉を返した。
「……できたら、剣が欲しいです。俺、一応“剣術”のスキルも持っていて……やっぱり、武器は剣が一番扱いやすいんです」
その瞳には、迷いのない意思が宿っていた。
リュカの言葉に、エドは満足そうにうなずいた。
「よし、挑戦してみるか。まずは、素材との相性を見てみよう」
そう言って、赤黒く輝く魔導鉄のかけらをリュカの前にそっと置く。
「リュカ君、この魔導鉄に、少し魔力を流してみてくれるかな?」
リュカは緊張した面持ちで、両手をそっと魔導鉄に添えた。深く息を吸い、意識を集中して魔力を送り込むと──
「……っ!」
目に見えそうなほどなめらかに、魔力が魔導鉄に吸い込まれていく。鉄の表面がかすかに脈打つように波紋を浮かべ、赤く淡い光を灯した。
「すごい、これ……吸い込まれるみたいに、流れていく……」
リュカが驚きの声を漏らすと、エドはにやりと口元を緩める。
「相性、抜群だな。これは間違いないよ」
「へえ〜、そんなに?」
興味津々のハルが、思わず隣から手を伸ばし、同じように魔導鉄に触れて魔力を流してみる。……が、
「……通らない事はないけど、なんか……重い? うまく流れてくれない……」
感覚としては、どこかで詰まってしまうような、ざらりとした抵抗があった。
ジンが穏やかに笑って言う。
「はは、それはきっと、“選ばれてない”ってやつだな」
「うん、これは完全にリュカ君のための魔導鉄だね」
エドが満足げにうなずきながら、すでに作業用の紙を広げ始めていた。
「やっぱり……作るとしたら炎の剣だよね!」
ハルが目を輝かせてそう言った瞬間、リュカも思わず笑ってうなずいた。
「俺もそれが真っ先に浮かんだよ。火属性だし、剣術ともバッチリ合いそうだよな!」
「それに、見た目も絶対かっこいいよ! こう……抜いたときに炎がゆらりと立ちのぼる感じ!」
「それ、いいな!炎が刃を走る感じ……ああいうの、憧れるよな!」
ふたりの盛り上がりに、ジンがにやりと笑う。
「おいおい、お前ら。まだ試作どころか設計も始まってないんだぞ?」
「いや、でも僕も憧れましたよ!光る剣とか盾ってカッコいいし……」
エドが笑いながら、すでに何かをスケッチしはじめている。
「例えば、魔力を通すと熱を帯びて輝く刃……加熱用の魔導板を仕込んでおけば、そういうのもできるかもな。切断力も上がるし」
「じゃあ……魔石を使って、炎を飛ばす遠距離攻撃モードとか……!」
「飛ばすより、長くするのもいいよね!」
少年ふたりは机に身を乗り出して、次々にアイデアを重ねていく。
「なるほど。炎の剣というより、“魔王の剣”になりそうだな……」
ジンが肩をすくめながらも、楽しそうにその熱に加わっていった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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