ツムギと特別なイヤーカフ
夕暮れどきのPOTENハウスは、あたたかなオレンジ色に包まれていた。
窓の外には沈みかけた太陽が街の屋根を染め、風に揺れる看板の端が、やさしくカランと音を立てている。
「ただいまー!」
玄関のドアを開け、靴音を鳴らしてハルが中に入る。
ポシェットの中には、摘みたての草や鉱石の袋がぎっしりと詰まっていた。
その声に、作業机の向こうから顔を上げたのはツムギだった。
袖をまくり上げたまま、何かの仕上げ作業の真っ最中らしい。
ハルの姿を見た瞬間、ぱっと笑顔になって立ち上がる。
「ハルくん、おかえり! ちょうどよかった!」
「えっ、どうしたの?」
「できたんだ、“護りの魔回路式イヤーカフ”。ハルの分と、リュカくんの分もあるの。今度、POTENハウスに来てもらって、一緒に渡そうね!」
そう言って、ツムギは手元の小箱をそっと持ち上げる。中には、丁寧に収められた小さなイヤーカフが二つ入っていた。
ツムギは小箱をそっと開きながら、ふわっと息を吸い込むようにして言葉を紡ぎ始めた。
「これはね、小さなイヤーカフなんだけど——実はすごいんだよ」
彼女が指先でそっとつまみ上げたのは、淡い金属光沢を帯びた、小さなイヤーカフだった。
繊細な魔導糸が美しい曲線を描いており、光の加減で魔法陣がかすかに浮かび上がる。
先端にはそれぞれ、深い緑とやわらかな赤の魔石が埋め込まれていた。
その隣には、板状の小さな本体装置——魔導回路の核となる部分が並べられている。
「これね、小さなイヤーカフに見えるけど、本体と組み合わせて使う仕組みなの。
感情を落ち着ける魔法と、心拍異常を自動で知らせる緊急通知機能、
それから……魔石を使って10分間だけ展開できるバリアが入ってるんだよ」
ツムギは魔導回路の本体を指さしながら説明を続けた。
「これ、三つの魔法をひとつの魔導基盤で同時に制御できるの。
複数の魔法陣を統合して、状態に合わせて切り替えられるようにしたんだ!」
「すごい……そんなのが、こんな小さい中に……?」
ハルは驚いたように目を見開き、イヤーカフをそっと手に取った。
微かな魔力の波が指先に伝わり、ひんやりとした金属の感触の奥に、柔らかな気配があるのを感じる。
「それでね、あそこの壁にある基盤の光が、使ってる人の状態に合わせて色が変わるの。
緑は正常、赤は心拍が上がってるとき、青は下がってるとき……危険が近いときはすぐに分かるから、安心できるよね」
ツムギは嬉しそうに微笑んで、ふと声のトーンを上げた。
「そうそう!ハルくんが持って帰ってきてくれた“星灯の雫”、あれを使わせてもらったんだよ!」
「使ってくれたんだ……!」
ハルは嬉しそうに顔を上げ、小さく笑った。
視線の先には、POTENハウスの壁に備え付けられた魔導基盤。
名札の並んだその板の上には、淡い緑色の光が静かに灯っている。
「……この緑色の光って、みんなが“元気!”っていう印なんだね」
彼はそう言って、ひとつひとつの光を確かめるように見つめた。
「……つけてみても、いい?」
ツムギがにこっと笑って頷くと、ハルはイヤーカフをそっと耳にあてがい、ゆっくりと装着した。
ピタリと耳に馴染み、金属の感触が体温と混ざり合っていく。
しばらくして、基盤の一角にぽん、と新たな光が灯る。
「緑、ついたね……!」
ツムギの声に、ハルも思わず振り返る。
“ハル”と書かれた名前の横に、他の誰とも変わらない、やわらかな緑の光が灯っていた。
その光を見つめるうちに、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
すると、ツムギがふと思い出したように声をかけた。
「ねえ、ハルくん?」
ツムギの声に顔を上げると、柔らかく微笑む彼女と、膝の上でこくこく頷いているぽての姿があった。
「最近、ゆっくり話してなかったね。どんな冒険してるの?」
「えへへ……うん、いろいろあったよ」
ポシェットを足元に置いて、ここ最近の冒険のことを話し始めた。
あの苔の湿地帯で足をとられた話とか、変わった音を出す虫を見つけたときは、ぽてが「ぽてっ」と反応してたのが可笑しかった。
話してるうちに、ツムギお姉ちゃんの目がぱぁっと輝いたり、ぽてがきゅっと抱きついてきたりして、なんだか嬉しくなってくる。
(……ああ、帰ってきたなぁ)
そんな気持ちが、じんわり胸に広がってきた時だった。
「そういえば……」
ぽつんと、口からこぼれた言葉に、ツムギが首をかしげる。
「この間の依頼でね、お世話になったおじいさんがいて。すごく優しくて、薬草とかにも詳しい人なんだけど……」
ふと思い出す、あの手。
土に染まった爪の周りに、巻かれていた小さなテープ。
「農作業で、いつも爪が割れちゃうらしくて。薬草とかポーションで直しても、すぐまた割れるから意味ないって。もう慣れてるって言ってたけど……なんか、痛そうでさ」
そう言いながら、僕はつい、肩をすくめてしまった。
「ツムギお姉ちゃん、何か……いいアイテム、知らないかな?
痛くないようにしてあげたいんだ。……僕、何か作れたらいいなって思って」
僕の言葉を聞いたツムギお姉ちゃんは、腕を組んで「うーん……」と考え込む。
その横で、ぽてもじっと真剣な顔をして、首をかしげていた。
しばらくして——
「……あっ!」
ツムギお姉ちゃんの瞳が、ぱっと輝いた。
ぽんっと手を叩く音が響いて、ぽてもびっくりして跳ね上がる。
「透輝液! 使えるかも……!」
小さく呟くその声に、僕も思わず身を乗り出した。
「一度爪を治してから、透輝液を爪に薄く塗って、表面を補強してあげたらどうかな?
割れにくくなるし、属性発光機当てたらすぐ固まるし、透明だから目立たないし、自然に馴染むと思うんだ」
「……さすが、ツムギお姉ちゃん!」
思わずそんな言葉が口からこぼれていた。
浮かんできたあの爺ちゃんの手に、透明な薄膜がそっと重なっていく光景を想像すると、胸の中がふわっとあったかくなる。
「それ、すっごくいいアイデアだよ。……早速、持って行ってみる!」
僕がそう言うと、ツムギお姉ちゃんはにっこり笑って、「よかった〜」と肩の力を抜いた。
ぽても「ぽてっ!」と元気よく跳ねて、僕の膝に飛び乗ってきた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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