サイルの助言
「いえ、ちょっと……ダンジョンへ潜る予定があって、一緒に行く人を探してたんです」
女性はやや大げさに肩をすくめ、ハルに視線を戻す。
「それに、こんな小さい子を一人でダンジョンに行かせるなんて、危ないじゃない? だから私たちが、保護者として面倒を見てあげようと思って」
「……ね?」
後ろの男も笑いながらうなずくが、その目はどこか試すようだった。
「なるほど」
サイルはうなずきながら、ふと視線を落とす。その瞳は笑っていない。
ただ、じっと相手の発言の裏を探るように観察しているようだった。
「ハルくんとは、近日中に私達のパーティーと仮パーティーを組んでダンジョン調査へ向かう予定になっています。パーティー登録はすでに進んでいて、日程もほぼ確定しているんです」
「そのため、少なくともその予定が終わるまでは、別のパーティーへの参加については、ギルドの許可と再調整が必要になるかと思います」
「えっ……あ、そうなんですか」
男が一瞬口ごもり、気まずそうに目をそらす。
「知らなかったです、すみません。別に無理に誘おうとか……そういうつもりじゃ」
「もちろん。確認のため、お伝えしただけですよ」
サイルは柔らかな笑みを浮かべたまま、一歩ハルの横へ歩を進める。
「ではハルくん、用が済んだなら——そろそろ?」
「あ……はい!」
ハルは小さくうなずき、思わず足が軽くなるのを感じた。
(助かった……)
このまま話していたら、きっと流されていた。
どこかで相手を傷つけたくないと思ってしまって、はっきりと断る言葉を探せなかった。
サイルの存在が、それを断ち切ってくれた。
そのままサイルは自然な仕草で歩き出し、ハルの方を振り返る。
「POTEN創舎に戻るんですよね? 途中まで一緒に行きましょうか」
「……はい。ありがとうございます」
ほっと息をつきながら並んで歩き出すと、昼下がりの光が石畳を照らしていた。
しばらく黙って歩いたあと、サイルがふと、やわらかく口を開いた。
「ハルくん。君は今、リュカくんと並んで、冒険者ギルド内でとても目立っている存在だよ」
「え……目立って、ますか?」
「もちろん。君が持ち帰る素材は、どれも質が高い。使っている魔導具は一級品だ。そして——ダンジョンの副ルートを見つけた冒険者など、そうはいない。注目されて当然です」
サイルは視線を前に向けたまま、言葉を続けた。
「でもね、君たちはまだ若い。判断力が未熟だと思われて、それに漬け込もうとする者も、これからきっと増えていくでしょう」
ハルは無意識に、さっきのパーティーの顔ぶれを思い出していた。
「気をつけるに越したことはない。けれど、それは“怖がれ”という意味ではない。今はまだ、大人に頼ってもいい時期なんですから」
その言葉は、優しさと同時に、どこか確信めいて響いていた。
「やがて君がもっと大きくなったときには、自分で判断し、自分の言葉で答える力が必要になります。でも、それは急がなくていい」
「困ったときは、信頼できる大人に頼っていい。そうやって少しずつ、やり方を学んでいけばいいんです。」
サイルは、歩きながら小さく笑った。
「君には、もうたくさんの“保護者”がいるじゃないですか。……君が思っている以上に、ね」
その言葉に、ハルは小さく瞬きをした。
思い浮かんだのは、創舎の仲間たち——ツムギのまっすぐな瞳や、ナギの明るい声、バルド先生の優しい笑顔。
そして、母やリュカ。セン爺。ロザ——
自分は、想像していたよりもずっと多くの人に囲まれていたのかもしれない。
気づけば、街の喧騒も遠ざかり、穏やかな通りの一角に立っていた。
「……あ」
サイルが穏やかに告げる。
「さあ、着きましたよ」
目の前には、見慣れた建物——POTENハウスが佇んでいた。
「ありがとうございました、サイルさん」
ハルは深く頭を下げると、軽く手を振って扉の前へ向かった。
その背中を見送りながら、サイルはほんのひと呼吸だけ、その場に立ち止まっていた。
「ただいまー!」
木の扉を開けると、いつもの香りがふわりと鼻をくすぐった。
オイルの匂い、乾いた木の香り、そしてほんのりと甘い何かの焼き菓子の匂い。
「おかえり、ハルくん!」
カウンターの奥から、ツムギが顔を上げてにっこりと手を振る。
その隣には、ナギが布に刻印を打っている最中だったようで、顔だけこちらを向けて目を細めた。
「昨日どうしたのー?夜、通信だけ来たから、ちょっと心配してたんだよ」
「それがねー!」
ハルは弾んだ声で、リュックを下ろしながら創舎の中央へ駆け寄った。
そして椅子にどすんと腰を下ろすと、ポケットから小さな紙を取り出して掲げる。
「跳び角獣、四体だった!」
「えっ、四体!?」
ナギが目を丸くし、ツムギも手を止めて顔を上げる。
「三体って依頼じゃなかった?」
「そうなんだけど、奥にもう一体いて……しかも風まとってて、すっごく強かったんだよ。でも、何とか倒せた」
得意げにそう言うハルの肩には、まだ包帯がちらりと覗いている。
「えっ、ちょっと待って、ハルくんそれ怪我じゃない?」
ツムギが慌てて近づいてくると、ハルは照れたように笑って手を振った。
「だいじょーぶだいじょーぶ! セン爺っていう薬草師のおじいさんが、すごいポーションくれてさ。それが効いたんだよね。あと、薬草のお風呂も!」
「なにそれ……すごい……」
ナギが感心したようにぽつりとつぶやいた。
そんなやりとりの最中、奥の部屋からそっと顔を出したのはイリアだった。
「あら、にぎやかね。帰ってきたみたいじゃない、ハルくん」
「イリアさん、ただいま!」
ハルは笑顔で手を振ると、イリアも微笑みを浮かべて軽く手を振り返す。
陽の光が斜めから差し込み、木の床をあたたかく照らしていた。
薬棚には陽光を浴びた瓶が静かに光を反射し、外では小鳥の声がさえずっている。
誰かが帰ってきて、誰かが迎えてくれて、また次の何かが始まる。
そんな、良い午後が始まろうとしていた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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