バルドのお弁当
ひととおりの作業を終えたハルは、大きく息を吐いて腰を下ろした。
陽の傾きが少しだけ変わってきている。風が頬を撫でる心地よさに、疲れた体がゆるゆると緩んでいく。
「よし、じゃあ——休憩、しようかな」
ハルはポシェットの中に手を入れ、そっと布に包まれた包みを取り出した。しっかりと巻かれたそれは、この間道具屋で買ったばかりの《保冷温魔布》に包まれている。
中を開いた瞬間、ふわりと立ち上る湯気——ほんのりあたたかくて、香りもそのまま。
(……すごい、ちゃんとできたてのままだ……!)
ふんわり甘めの玉子焼きに、ジューシーな肉団子、彩りのきれいな野菜の和え物。そして、ほかほかの白ごはん。
「バルドさん、やっぱりすごいな……」
ひとくち頬張るだけで、疲れがじわっと溶けていく気がした。風の音と、遠くの鳥のさえずりだけが響く中、ゆっくりとお弁当を味わっていく。
「はー……おいしい……」
思わず口元がゆるんだ。
けれど、ふと空を見上げて、ハルはひと息ついた。
(……やっと一体目。あれを、あと二体か)
草むらの揺れる先を見ながら、思わず肩を落としそうになる。でも——
(でも、すごくいい訓練にはなってるかも)
戦いながら工夫すること、盾の性能を理解して応用すること、それに、自分の風魔法を「別のかたち」で活かすという挑戦——
どれも、以前の自分なら思いつきもしなかったやり方だ。
(……次も、やってみよう)
ハルはごはんを口いっぱいにほおばりながら、次の跳び角獣との出会いに備えて、そっと気持ちを切り替えていった。
食後の少しの休憩を終え、再びハルは草原を歩き出した。
跳び角獣がまた一体姿を現した。相変わらず動きは激しく、風を巻き、突進の勢いはやはり脅威だったけれど——
(……うん、大丈夫)
一体目に比べれば、ハルの動きには明らかに迷いがなかった。
盾の扱いも、反射のタイミングも、どれも少しずつ“身体に馴染んできている”。
魔力を盾に流す量、構える角度、風の力をどう受け止め、どう跳ね返すか。
試行錯誤を重ねた分、自然と“感覚”で掴めるものが増えていた。
二体目を倒すのにかかった時間は、1体目の半分程度。
そして、三体目になる頃には——
(だいたい、次に何をしてくるか分かる)
突進の予兆。角の角度。魔石が光るタイミング。
「——いまだっ!」
風をまとった突進を的確に受け流し、反射された火の魔力が跳び角獣の脇腹をとらえる。
そのまま動きが止まった隙を突いて、額の魔石に反射魔法を誘導——
ドンッ!
その日、最後の跳び角獣が地面に崩れ落ちた。
(……ふうっ、これで三体……依頼達成!)
額の汗を拭いながら、ハルは盾を静かに見下ろした。
頼りになる重み。その中に込められた技術と工夫。そして、仲間たちの想い。
(……これ、もし武器だったら、どうだろう)
盾に仕込まれた“魔石の連動システム”を思い出しながら、ふとそんな考えがよぎる。
盾だけじゃなく、剣や短剣、あるいは弓にも、属性の付け替えができたら——?
(POTENのみんなとなら、きっとできるかも)
新しいアイデアの芽が、静かにハルの中で芽吹き始めていた。
ふと風が吹き、草の海をざわりと揺らす。
ハルは空を見上げ、小さく息をついた。
(……よし)
気持ちを切り替えるように、盾を握り直す。
戦いのあとの余韻を振り払いながら、次の行動を考える。
三体倒したことで、報酬の条件は満たしている。けれど体力にはまだ少しだけ余裕がある。
何より——朝、農道で出会ったあの農民の言葉が、ずっと胸の奥に残っていた。
「……本来は、わしら大人がどうにかすべきだった。……すまん。それと、礼を言う」
あの穏やかな顔。静かな口調。
ハルはそっと目を閉じて、小さく息を吐いた。
(できるなら、もう少しだけ)
無理をするつもりはない。けれど、あと数体でも倒せたら、しばらくは農道も安心できるかもしれない。
暗くなる前には戻る。その前に、農場のまわりだけでも一周しておこう——。
そう決めて、ハルはもう一度盾の重さを確認すると、農道の先へと静かに歩き出した。
草を踏みしめる音が、夕暮れの風に溶けていく。
陽はだいぶ傾き、空は茜色から群青へと、その表情を変えつつあった。
ハルは盾を片手に、農道をゆっくりと歩いていた。
ちょうど一周を終えようかという頃——
「……っ!」
遠くで、甲高い鳴き声が響いた。
乾いた空気を切り裂くような、鋭い、焦ったような音。
(……馬の、嘶き?)
反射的に顔を上げる。音は、すぐ近く——農道の少し外れた方角からだった。
迷う間もなく、ハルは走り出していた。
草むらをかき分け、畦道を飛び越える。風が顔を打ち、脈拍が一気に跳ね上がる。
何かが、あった。何かが、起きている——そんな予感が、全身を駆け巡る。
(間に合え——!)
ハルの瞳に、夕日に照らされた小さな丘の先、わずかに揺れる人影と、荷馬車の姿が映りはじめた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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