跳び角獣との闘い
盾を構えたまま、ハルは跳び角獣の動きをじっと見つめた。風を纏った角が唸りを上げ、跳ねるように突進してくる。
(さっきみたいに、盾に攻撃が当たれば……!)
跳び角獣の突進を、今度は真正面から迎える。
その角が盾にぶつかった瞬間——
バシュッ!
盾が火属性の魔力を反射し、高温の火玉が走る。
けれど、跳び角獣はするりと一歩引き、土の魔力をほんのわずかに躱した。
(惜しいっ……!)
反射の余韻が残るうちに、ハルはもう一度詠唱する。
「——《ウインドショット》!」
放たれた風弾を、再び自分の盾に撃ち込む。
盾が再度反応し、火属性の魔力が迸って跳び角獣の体に向かって突き進む。
が、跳び角獣は驚くべき身のこなしで、ふわりと跳躍してかわした。
「……やっぱり、すばしっこい……!」
何度か攻撃を繰り返すうちに、跳び角獣の突進も徐々に読みやすくなってきた。
反射で攻撃を返すたび、確かに魔力は当たってはいる——が、どこか“効いていない”。
(やっぱり……あの額の魔石が、弱点なんだ)
跳び角獣の額で光る緑の魔石が、ひときわ鋭く魔力を放っている。
さきほどの攻撃でも、そこには一度も当たっていない。
(反射であそこに当てるって……そんなの、普通の人間には無理なのでは?)
跳び角獣はひと跳ねで距離を取り、また角を光らせて突進の構えを見せる。
火の反射は有効だが、今のやり方では決定打にならない。
(どうしよう……このままじゃ、ずっとぐるぐるしてるだけだ)
自分で魔法を撃ち、盾で跳ね返す——言葉にすれば簡単だけど、跳び角獣の動きは早く、狙い通りに“当てる”のは至難の業だ。
「うーん……やっぱり、額に当てなきゃダメかー……」
思わず、気の抜けた声が漏れる。
それでも——盾は、受け流したい時は受け流し、反射したい時は反射してくれる。たしかに、“応えてくれている”のがわかった。
(さすが、エドさんとジンさんの盾だなぁ)
その瞬間、あのふたりの「だろうー!」という満面のドヤ顔が思い浮かび、思わずにんまりしてしまう。
(……僕だって、POTENの一員。こうなれば、試行錯誤あるのみ!)
ハルは盾を握り直し、跳び角獣に向かってぐっと前に一歩踏み出した。
「いくらだって付き合ってやるよ。——さあ、来い! 跳び角獣!」
気合とともに盾を構え直した次の瞬間、跳び角獣がぴくりと耳を揺らし、再び跳ねた。
ハルは即座に反応し、風魔法を盾に撃ち込む。
「うわ、惜しい! あとちょっとだったのに……!」
跳び角獣の角が、またも間一髪で火の魔力弾をすり抜けた。
(でも、今の……感触、悪くなかった!)
———
何度目のチャレンジだったか、もう覚えていない。ハルは額の汗を拭うことすら忘れ、盾を構え続けていた。風の突進、横跳びのかく乱、風魔力による切り裂き攻撃——
それらすべてを、もはや反射的に受け流せるようになっていた。
(攻撃パターンが読めてきた……次はあのタイミング!)
バン!
再び迫る突進を、軽やかに受け流しながら、ウインドショットを盾に反射させる。火の魔力が、角獣のわき腹に命中——が、致命傷にはならない。
「ん〜、でももうちょっと右……あ、また惜しい!」
すっかり一人で実況しながら盾を振るう様子は、もはや真剣勝負というより、遊びにも似た集中の境地だった。
「今度こそ——!」
跳び角獣が、風を纏って大きく跳ねた。ハルはあえてその角度に正面から立ち、風の弾を撃ち込む。それを、盾が火に変換・反射——
ドンッ!!
魔力が収束した一撃が、跳び角獣の額を、正確に打ち抜いた。
「……っ!」
風をまとう魔石が、ガチンと音を立てて砕け、跳び角獣の体が大きく弾む。そして、地面にどさりと崩れ落ちた。
静寂——。
ゆっくりと上がる砂埃の中、ハルはしばらくその場に立ち尽くした。
(……倒した)
草原の地面に、跳び角獣の大きな身体がそのまま横たわっていた。戦いの名残を、その姿が確かに物語っている。
「……やった」
そうつぶやいた声は、風に乗って、やさしく草の海に溶けていった。
跳び角獣の大きな体が、静かに草原に横たわっている。もう動かないその姿を前に、ハルはゆっくりと息を吐いた。
(……素材、ちゃんと採らなきゃ)
小さくつぶやいてから、ポシェットの中を探る。手を伸ばして取り出したのは、バルドから譲り受けた特別なナイフ。握りやすく、よく研がれたその刃は、素材の採取に特化した“職人のための道具”だった。
(ありがとう、バルドさん。大事に使わせてもらうね)
そう心の中で呟いて、ハルはそっと跳び角獣の亡骸の前に膝をついた。
「……いただきます」
目を閉じ、両手を合わせて、静かに頭を下げる。
しばしの沈黙の後、角の根元にナイフを入れる。次に、額の魔石。その輝きは、先ほどまでの戦いを物語るように、風のように淡く揺れていた。
「……これも、大事に使わせてもらうからね」
他にも、素材として活かせそうな部位はすべて採取していく。命を頂き、誰かの“ものづくり”の一部になる。そう思うと、どんな作業も自然と手が真剣になる。
すべての採取が終わると、ハルはあらかじめ持ってきていたスコップで、少し離れた柔らかな土を掘った。
(命を奪った責任は、ちゃんと最後まで果たしたい)
そう思いながら、跳び角獣の残った体を丁寧に埋めていく。
簡単な石を積んだだけのお墓だったけれど、風がやさしく吹いた。
——それが、少しだけハルの心を軽くしてくれたような気がした。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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