討伐依頼の受注
次の日。
学院はお休みで、ハルは朝から冒険者ギルドのバインダーと睨めっこしていた。
(よーし!今日は学院も休みだし、装備の試運転も兼ねて、依頼を探すぞー)
ギルドの閲覧スペースに置かれた依頼ファイルをめくっていくと、その中に、ひときわ気になる紙が目に留まった。
———
【依頼内容】
依頼名:跳び角獣の討伐
ランク:E
場所:城下町南・農道沿いの草原地帯(比較的安全区域)
目的:農道付近に現れる跳び角獣3体の討伐、および素材の一部回収
注意点:
跳び角獣は非常に俊敏で、直線的な跳躍突進を繰り返す傾向がある
素材価値が高い
討伐後、ギルドにて討伐証明部位の角を提出
報酬:一万ルク
備考:素材は全て討伐者に権利あり(角も確認後返却)
依頼主:城下町守備隊・物資管理課
———
ハルはその依頼書をじっと見つめた。
(跳び角獣……この前資料で見たやつだ。ちょっと動きが激しいけど、盾の試運転にはちょうどいいかも)
報酬も悪くないし、素材が手に入れば、POTENでも何かに使えるかもしれない。
「よし、これにしよう」
ハルは迷いなくその紙を抜き取ると、受付に向かって歩き出した。
朝のギルド内はまだ静かで、受付カウンターの奥にロザの姿が見えた。いつものように落ち着いた微笑みを浮かべながら、ハルの方へ視線を向ける。
「おはよう、ハルくん。今日はひとりで依頼かしら?」
「はい! 装備を試すためにも、ひとつ受けようと思って……この依頼、お願いできますか?」
ハルは手にしていた依頼書をロザの前に差し出した。彼女は内容に一瞥をくれてから、少しだけ眉を上げる。
「……跳び角獣の討伐ね。依頼ランクはEだけど、相手はかなり俊敏よ。注意して挑んでね」
ロザは少しだけ声を落として続けた。
「実は最近、城下町南の農道付近で跳び角獣の出没が相次いでいてね。荷車や貨物を脅かす騒ぎが何件か報告されているの。幸い、人に直接の被害は出ていないけれど、このまま放置すればどうなるか分からないわ」
ハルは真剣な表情で頷いた。
「わかりました。気をつけて行ってきます」
ロザはやわらかな笑みを浮かべて、魔導スタンプの押された受付票をハルに差し出した。
「人助けにもなる、大事な依頼よ。無理はしないこと。……でも、ハルくんなら、きっと大丈夫ね」
「はいっ!」
受付票をしっかりと受け取り、ハルは一礼してその場を離れた。
背中には、小さく膨らんだ決意の重みが、しっかりと乗っていた。
ハルは、ギルドを出てから南の農道を歩き続けた。
舗装のゆるい道を抜け、風がよく通る草原地帯に入ると、草を刈る音や、遠くの牛の鳴き声が耳に届いてくる。
やがて、荷車を直していた農民のひとりが、こちらに気づいて顔を上げた。
ひさしのついた帽子の下からのぞく目が、驚きと同時に、どこかほっとしたように細められる。
「……あんた、まさか、ギルドから来てくれたのか?」
「はい。跳び角獣の討伐依頼を受けてきました」
ハルが丁寧にうなずくと、農民は思わず息をついて、工具を地面に置いた。
「……助かった。何度も荷車を脅かされとった。牛が暴れ、荷が崩れ……困っていた」
そのまま、しばらくハルをじっと見つめる。
「……にしても、こんな小さな子が来るとはな」
その言葉に、ハルは少しだけ照れたように笑った。
「……本来は、わしら大人がどうにかすべきだった。……すまん。それと、礼を言う」
ぽつりとこぼれたその言葉には、申し訳なさと、深い感謝が込められていた。
「いえ、僕、こういうの、得意なんです」
そう言って、ハルはにっこり笑った。
自信を宿したその笑顔に、農民の表情も自然とゆるみ、背中を軽く叩かれる。
「気をつけろ、坊。……あの魔物、跳ねっぷりだけは一人前じゃ」
「はい、ありがとうございます!」
草の波がそよ風に揺れる中、ハルはそっと呼吸を整え、視線を前へと向けた。
これから始まる小さな戦いに、静かに気持ちを引き締めた。
草原の風に吹かれながら、ハルは周囲の気配に意識を集中させた。
跳び角獣は警戒心が強く、物音や視線に敏感だと報告にはあった。むやみに歩き回っても、逃げられるだけだ。
ハルはゆっくりと地面にしゃがみ込み、足元の草の揺れや風の流れに目を凝らす。
やがて、草むらの奥に——わずかに、動いた気配。
「……いた」
低く、短く呟いてから、そっと身をかがめて移動する。
数メートル先、ゆるやかな丘の影から姿を現したのは、まるで巨大なウサギのような魔物だった。
ただし、その背には滑らかな筋肉が浮かび、目は鋭く、額には反り返った二本の角が生えている。
そのちょうど間、額の中心には、淡い緑色に輝く小さな魔石のような結晶が埋め込まれていた。
(……魔石? あそこ、魔力の流れが集中してる)
ハルの目が細まる。あれが、跳び角獣の魔力制御に関わる部位だとしたら、狙うべきは——あそこだ。
後ろ脚は異様なほど発達しており、ぴくりぴくりと、いつでも跳ね出せるような緊張感を漂わせていた。
「跳び角獣……ほんとに、跳ねそうな体つきしてるな……」
可愛らしさと獣の鋭さが同居した、妙な迫力のある姿だった。
角の先が陽光を反射してきらりと光る。あれに突っ込まれたら、ひとたまりもない。
ハルはそっと息を吸って、右手をポシェットの中へ滑らせた。
この相手に、今の自分の盾がどこまで通用するのか——試すには、十分な強敵だ。
「よし……」
風が、草をそよがせた。
そして——跳び角獣の耳が、ぴくりとこちらを向いた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
https://ncode.syosetu.com/n3980kc/




