リュカの契約書
「じゃあ、そんな感じで進めていこう!」
ジンがまとめるように声を上げると、エドも勢いよく頷いた。
「うん、こっちでもすぐに試作取りかかるから、出来上がり、楽しみにしててね!」
「わくわくするな〜!」
リュカが口元をゆるませ、ハルも「うん、すごく楽しみ!」と笑顔を見せた。
そんな和やかな空気の中、背後の扉がすっと開いた。
「おや、打ち合わせはもう終わったかな?」
柔らかな声とともに現れたのは、エリアスだった。黒縁の書類バインダーを手にしたその姿は、いつもの穏やかな笑みを浮かべながらも、どこかきりっとした雰囲気を纏っていた。
「初めまして、リュカ君。エリアス・ヴァンデール といいます」
エリアスは丁寧に頭を下げると、にこりと微笑みかけた。
「ハルから、たくさん話を聞いているよ。魔石をたくさん融通してくれてありがとう。おかげで、お祭りの“お守り袋”もとても素敵な仕上がりになった」
リュカはやや緊張しながらも、きちんと姿勢を正して応える。
「いえ……そんな、僕はちょっと魔石を拾っただけで……でも、そう言ってもらえると嬉しいです」
「今日はね、ちゃんと魔導契約書を交わさせてもらえたらと思って。リュカ君にも安心してもらえるように、きちんと手続きしたくてね」
そう言って、エリアスは手にしたバインダーをそっとテーブルの上に置いた。中には、細やかに書き込まれた契約書と、魔導印が揃っている。
「じゃあ、早速確認してみてくれるかな?」
エリアスが微笑みながらバインダーを開くと、リュカは少し緊張した面持ちでその中身に目を通し始めた。
契約内容は、リュカが提供した魔石の数量と品質を正確に記載した上で、それに見合う金額が、適正どころか、やや上乗せされて記されていた。さらに、リュカにかかる手数料や税金の負担も限りなく抑えられ、納品後のトラブル対応や保証条項まできちんと整っている。
——誰が見ても、リュカにとって非常に有利な契約だった。
「……これ、本当にいいんですか?」
思わず顔を上げたリュカの声には、驚きと、ほんの少しの戸惑いが混じっていた。
「勿論だよ。急ぎ必要だった魔石を融通してくれたんだ。当然の権利だ。受け取ってくれ」
エリアスは落ち着いた声でそう告げて、リュカに契約書を差し出す。
リュカはもう一度目を通し、ゆっくりと受け取った。
けれどその手つきには、どこか遠慮が滲んでいた。
(……こんなに、もらってしまっていいのか?)
肩の力が入りきらないまま、リュカはそっと隣に座るハルへ視線を向けた。
ハルは、にこにこと笑っていた。
まるで「大丈夫だよ」と、その笑顔だけで伝えてくれるように——
リュカの視線に気づいたように、エドがうんうんと頷き、ジンは小さく笑って見守る。バルドは「まったく、このくらい当然じゃ」とでも言いたげに、あたたかく茶をすすっていた。
そして、エリアスがやわらかい声で続けた。
「……貰いすぎだと、思っているのかい?」
リュカが驚いたように顔を上げる。
「だけどね、それは違うんだ」
エリアスはゆっくりと言葉を選びながら、リュカの目をまっすぐに見つめる。
「POTENのメンバーは、ものづくりに特化した職人ばかりだ。魔法の扱いはそれなりにできても、ダンジョンに潜り、魔物と戦うことはできない」
その視線が、そっとハルに向けられる。
「ハル一人に、それを背負わせてしまっている。もちろん本人の意思もあってのことだが……私たちはいつも、心のどこかで心配しているんだよ」
静かに、けれど強く。
「そんな中、君がハルと一緒にダンジョンに潜ってくれた。無事に帰ってきてくれた。……どんなにありがたかったことか。これは、感謝と信頼の証でもあるんだ。うちの“末っ子”を、これからもよろしくね——という気持ちも込めているつもりだよ」
「……だから、どうか受け取ってほしい」
言葉のひとつひとつが、誠実で、まっすぐだった。
リュカはしばらく何も言えず、視線を落としたまま契約書を見つめていた。だが——その頬に、ほんの少し、あたたかな色が差していた。
しばし黙って契約書を見つめていたリュカが、意を決したように顔を上げた。
「……ありがとうございます。その気持ち、ありがたく受け取らせてください」
まっすぐな声だった。
そう言って、リュカは手にしていた魔導スタンプを軽く持ち上げ、契約書の指定された欄にぴたりと押し当てる。
——パシッ。
魔力の微細な光が弾け、契約の成立を告げる印が静かに浮かび上がった。
リュカはそれを見届けてから、そっと顔を上げる。そして、隣に座るハルのほうへ目を向け、柔らかく笑った。
「……ハルはさ、俺にとって昔から相棒みたいなもので。一緒にいると、一番気が楽なんだ」
その言葉に、ハルが少し目を丸くし、でもすぐに照れたような笑顔を浮かべる。
「だからさ。もし、これからまた、ハルが素材集めで困ってたりしたら——俺、いつだって駆けつけるつもりだよ。戦うのは得意だからさ」
そして、にっと笑う。
「これからも、よろしくな。ハル!」
「……うん! こちらこそ、よろしく!」
リュカの言葉をしっかりと受け止めるように、ハルも笑って頷いた。
そのやり取りに、テーブルを囲む大人たちの表情がやわらかくほころぶ。
未来の冒険に向けた、小さな絆の契りが、たしかにその場に結ばれた瞬間だった。
契約も終わり、打ち合わせが一段落した頃、POTENのメンバーたちが次々と帰ってきた。ツムギ、ナギ、リナ、そしてイリアまで。今日は珍しく、全員がそろっていた。
夕暮れの作業場には、誰かが煮込んでいたスープの香りが漂っている。鍋の音と笑い声が混ざり合い、リビングはすぐに賑やかな食卓に変わった。
リュカもその輪に加わり、遠慮なく夕食をご馳走になることになった。温かな料理と、賑やかな会話。ふとした瞬間に、リュカは思った。
(なんだか、家族みたいだな)
食後、リナが「冒険話聞かせてくれへん?」と身を乗り出すと、ナギやエド、ぽてまでが「聞きたい!」「どんな魔物が出たの?」「素材は何だったの?」と一斉にせがみはじめる。
「それでさ、最初の魔物がさ、すっごい数で襲ってきて——!」
「ハルが、ばーっと風魔法で囲んで……!」
テンポよく交わされるリュカとハルの掛け合いに、みんながわあっと沸いた。ドロップした素材の話になれば、ツムギやナギ、エドが「それ、何に使えるかな!?」「透輝液に混ぜたらどうなるんだろう」と興味津々に食いつく。
いつしかテーブルの上には、図案や設計図、メモの束がひろげられ、冒険の話は、次の“ものづくり”の話へと自然に移り変わっていた。
夜が更けるにつれ、ろうそくの灯りが少しずつ減っていき、それでも話は尽きなかった。
気がつけば時計の針はかなり遅い時刻を指していて、ツムギが「リュカ君、今日はもう泊まっていけば?」と声をかけたとき、リュカも頷くしかなかった。
「すみません、お言葉に甘えて……」
こうしてその晩、リュカはハルの部屋に泊まることになった。
二人で並んで眠る布団の中、窓の外には静かな夜の気配が広がっていた。
あたたかな食卓と、笑い声と、仲間たちのものづくりの魔法。
その全てが、胸の奥をじんわりと満たしていく。
リュカは目を閉じながら、小さく呟いた。
「……なんか、また来たくなるな。ここ」
ハルはもう眠っていたのか、返事はなかった。
けれどその穏やかな寝息が、何よりの答えのように感じられて——
その夜、POTENハウスには、優しい夜風と、仲間たちの絆が静かに流れていた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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