POTEN創舎定例会議
今日は、月に一度のPOTEN創舎定例会議の日だった。
会議といっても、肩肘張ったものじゃない。
工房の中央に大きなテーブルを出して、みんなで集まって、今月のことやこれからのことを話し合う——そんな、POTENらしい集まり。
「ハルもおいでー!」とナギさんが声をかけてくれて、ハルもぽてと一緒にテーブルの端に座る。
周りを見渡すと、いつもの顔があった。
ツムギお姉ちゃんはすでに資料を広げていて、リナさんとエリアスさんが隣で何かを確認している。ジンさんとエドさんは新しい試作品を手に持って、イリアさんとバルド先生はマグカップ片手に、穏やかな表情でみんなを見守っていた。
創舎ができたばかりの頃は、まだ不安も多くて、材料も足りなくて——それでも、ひとつひとつの“ものづくり”に全力だった。
でも、今は違う。
たくさんの人がツムギお姉ちゃんたちの作ったものを欲しがってくれるようになって、ギルドからも頼りにされるようになって、何より、みんなが笑ってる。
(……すごいな)
ハルは、ぽての耳をそっと撫でながら、そんなことを思っていた。
今日の議題は、今月の売上と材料の仕入れ状況、それから——
「今月は、バザールの出店をしようと思う」
エリアスさんのそのひと声に、テーブルの空気がふわっと明るくなる。
「やったー!」とナギさんが声を上げ、
ジンさんは「いよいよかー!」とごそごそメモを探しはじめる。
エドさんは「どんなギミックを展示しようかな……」と真剣な顔で考え込み、
バルド先生は「何を出すか、皆で選ばねばならんな」と穏やかに頷いた。
——誰もが、次の一歩に向かって進んでいる。
(僕も、なにかできることを探そう!)
ワクワクながら、ハルはそっと手元のノートを開いた。
POTENの仲間たちと過ごす日々は、ゆっくりだけど確かに、ハルの心を前向きに変えていってくれている。
そんな思いを胸にしまった頃、会議の時間もそろそろ終わりに近づいていた。
エリアスさんが帳簿を閉じて、全体を見渡す。
「じゃあ、その方向で今月は進めていこう。他に、何か伝えておくことがある人は?」
その言葉に、ハルは「はいっ!」と元気よく手を挙げた。
「森で、ちょっと変わった晶樹液をもらってきました!」
ぽてが「ぽぺっ!」と鳴いて頷くように跳ねると、ハルはポシェットから小瓶を二つ取り出して、テーブルの上にそっと並べた。
ひとつはいつもと変わらぬ、透明な晶樹液。
そしてもうひとつは——ほんのり琥珀色に輝く、小さな星を閉じ込めたような液体だった。
ハルは言葉を選びながら、自分が体験した不思議な出来事を、話し出した。
森の奥の、不思議な木。言葉なき対話と、差し出されたひとしずくの奇跡。
その説明を受けたとき、テーブルを囲む仲間たちは一瞬、息を呑んだ。
エリアスが腕を組み、ジンが身を乗り出し、ツムギはもうメモ帳を手に取りながら、ハルの手元を覗き込んでいる。
「これ……普通の晶樹液と、明らかに様子が違う」
ナギが目を細めて囁くと、イリアも「成分の偏りか、それとも……光の反応を見てみないと」と静かに興味を示す。
テーブルの空気が、にわかに熱を帯び始めた。
そして、ほんの一拍の間のあと——
「じゃあ、試してみよう!」
誰からともなく、ものづくりの熱が立ち上がる。
POTENの仲間たちの瞳が一斉に輝いた。
このあとが、すごかった。
POTENのみんなは、そうと決まれば動きが早い。
琥珀色の晶樹液を見たジンさんが「とにかく硬化させてみよう!」と言い出し、エドさんはすでに試験用の小皿を準備していた。
ナギさんが測定器を並べ、リナさんが条件を記録し、ツムギお姉ちゃんはいつの間にか魔法陣のデータを引っ張り出していた。
(これが……ものづくりチームの本気……)
ハルは呆気にとられながらも、いつも通り“気泡抜き係”としてぽてと共に加わった。
最初は、ただの試作だった。
けれど、光を浴びて硬化した琥珀色の塊を見たツムギの姉ちゃんが、何かを思い出したように声をあげた。
「これ……未発現の魔導結晶に似てない?」
そのひとことで、空気が変わった。
バルド先生が古い記録を引っ張り出し、エドさんが精度の高い測定器で魔力反応を調べ、ツムギお姉ちゃんは“透輝液”と“未発現結晶”の中間にあるような性質を整理し始めた。
そして、たどり着いた結論は——
「本当に、これが“核”として使えるかどうか、確かめてみよう」
その一言で、POTEN創舎は小さな挑戦を始めた。
最終的に彼らが作り上げたのは、POTENハウスに置くための据え置き型・魔導通信機。
透き通った琥珀色の本体は、POTENの皆が手をかけた証のように、淡い光を反射して揺れていた。
ハルは息をのんで、それを見つめた。
(……これが、本当に、僕が森で取ってきた晶樹液から……)
思い返せば、あのとき。木に語りかけ、少しだけ分けてもらった、いつもと違う琥珀色の樹液。
それが、今やこんなすごい“魔導具”に生まれ変わろうとしている。
「よし……せーので、いこうか」
エリアスさんの声に、ツムギお姉ちゃんをはじめ、POTENのメンバー皆が、そっと手を伸ばす。
(……すごいな。みんな……!)
その中に、自分の手も加わっていることが、少しだけ信じられなかった。
「せーのっ!」
全員の通信機が、同時に据え置き型の装置に触れられる。
その瞬間、空気がわずかに震えた。
淡く、でも確かに、光が生まれた。
(……繋がった)
そう思った。いや、きっと、みんなも同じ感覚だったに違いない。
機体の中心、琥珀色の魔石がゆっくりと脈打つように明滅し始める。
それは、生きているようだった。
ただの魔法道具ではなく、“ここにいる”と静かに告げるような光。
「——成功だ!!」
エドさんの声が響いた時、ハルの胸にこみ上げたのは、驚きと、感動と、それから……なんとも言えない、温かな嬉しさだった。
「ぽへぇっ!!(やったぁああ!!)」
ぽてが飛び上がるように喜び、ハル自身も思わず魔導通信機に手を伸ばしていた。
《成功だ!!》
自分の声が、通信機を通して作業場に響いたとき——
笑い声と歓声が一斉に溢れた。
(ほんとうに……成功したんだ)
ハルの胸に、ゆっくりと光が満ちていくようだった。
自分の手で届けた素材が、こんなにも大きな“可能性”へと変わっていく光景は——
まるで魔法そのものだった。
「ハルがあの森でこれを見つけてこなければ、始まりもしなかったよ」
「まさに、発見者の功績ってやつだな」
「この調子で、今後もよろしくね、探索隊長くん!」
仲間たちは笑いながらそう言ってくれて、
ハルはただ、照れくさそうに笑うしかなかった。
ぽてが「ぽへぇ」と満足そうにお腹を撫でていたのが、なんだか妙に可愛かった。
“素材”が“発明”になる。
それは、自分の中の誇りが、音を立てて育っていくような瞬間だった。
本日中にもう1話アイテム図鑑のようなものを投稿します
このアイテムの作成話は下記の物語の、116話から詳しく書いてあります。もし興味がありましたら、覗いてみて下さい。
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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