冒険の果て、食卓の灯
やがて三人は、最後のひと雫をそっと瓶に収め、満開の光の花畑をゆっくりと見渡した。
「……だいぶ集まったな」
バルドが腰を伸ばしながら言うと、エドが頷く。
「これだけあれば、いろんなアイテムに試せるし十分だと思う。……帰ろっか」
帰還陣は、あたたかな光を静かに灯し続けていた。
それは、よく頑張った者たちをねぎらうような、やさしい光だった。
バルドはマントどめに手を当てると、通信の魔力を練りながら、笑みを浮かべて声を送った。
——《ツムギや。星詠の遺跡、無事に終わったぞい。今から城下町に戻って、冒険者ギルドに顔出してから帰るでな。夕飯は間に合わんかもしれん、すまんのう。……でも、ハルががんばってくれたからな。お土産、たんまり持って帰るぞー!》
数秒ののち、バルドの魔道通信機が淡く光り、返事が届いた。
——《わあ!お疲れさまです! ハルくんもエドさんもバルドさんも、無事でよかった〜!》
——《今日のごはんは、ナギとエリアスさんと一緒にカレーを作って待ってますね。……お土産も楽しみにしてますっ!》
「……やれやれ。今日はゆっくり休ませてもらおうかのう」
バルドが満足そうに目を細めると、エドも小さく笑った。
「カレーかぁ。ハル、おかわり三杯いきそうだね」
「うんっ……ぜったい今なら食べれる!」
にっこりと笑ったハルの声に、どこかホッとするような明るさがあった。
こうして三人は、花の光に見送られながら、あたたかな帰還陣へと歩を進めた。
魔導列車の揺れは心地よく、昼間の激しい戦いの疲れもあってか、ハルはバルドの隣で静かに眠りについていた。窓の外には、夕暮れの光が淡く差し込み、車内の空気をやわらかく染めている。
「すぅ……」
ハルは、バルドの肩にもたれるようにして、安らかな寝息を立てていた。
「……よほど疲れたんじゃろうな。無理もないか」
バルドが小さく笑みを浮かべて呟く。その声に、エドも向かいの席から頷いた。
「本当に……あんなに戦えるとは思ってなかったです。しかも、あの状況で、冷静に弱点を探って、ちゃんと仲間を守って……」
「うむ。わしも見ていて、驚かされたわ。ハルがここまで成長しておったとはのう」
二人は視線を落とし、ハルの小さな肩を見つめた。
肩幅はまだ狭く、指も細くて、どこか頼りなげな姿。
「こうして寝てると、ほんとに子どもにしか見えませんね……」
エドがぽつりと呟いた。
「だが、戦っている時の目は、わしよりもずっと遠くを見ておったよ。あれは、ただの子どもの目ではない」
バルドの言葉に、エドは少しだけ目を伏せた。
「……僕たち、ちょっと頼りきりでしたね。素材を任せてたけど、まさかあんな危険な思いをして集めてたなんて……」
エドは、ハルの頬にかかった前髪をそっと指でよけた。
その小さな顔には、どこか充足したような、満たされた表情が浮かんでいた。
「ねえ、先生。僕たちも……もっと頑張らないとですね。
ハルが、あんなに苦労して持ち帰ってくれる素材を、ちゃんと受け止められるように」
「うむ。わしも、ハルに負けんように精進せねばのう」
ふたりの言葉に、ハルは少しだけ身じろぎしたが、目を覚ますことはなかった。
窓の外では、夜が静かに始まっていた。
列車の光の先には、きっと——あたたかい灯りと、仲間たちが待つ場所がある。
魔導列車が城下町の駅に到着すると、ハルはまだぐっすり眠っていた。
バルドはそっと肩に手を置き、優しく声をかける。
「……ハル、着いたぞ」
「……ん……もうカレーできた……?」
寝ぼけた声で目をこすりながら立ち上がるハルに、エドが苦笑した。
そのまま三人は、冒険者ギルドへ向かい、受付で帰還報告を済ませた。
そして——
「おかえりなさーい!」「お疲れさま!」「カレー、あと盛るだけだよ!」
POTENハウスに戻ると、ツムギをはじめ、ナギやリナ、エリアスが迎えてくれた。テーブルには湯気を立てるカレー鍋。ふわりと香るスパイスの香りに、ハルの顔が緩む。
夕食の席では、今日の冒険の話に花が咲いた。
ハルが見えない魔物と戦ったこと、風で守りきったこと、仕掛けを三人で解いたこと——
そのどれもが、まるで宝物のように語られていく。
そして、持ち帰った素材がテーブルに並べられる。
⸻
【持ち帰った素材】
毒晶針
虫の針が魔力で結晶化したもの。毒属性の小型魔導具や武器の素材になる。
微光羽片
虫の羽の破片。触れるとわずかに光を放つ。装飾素材や、光魔法の触媒に使える。
星灯の雫
夜空のような輝きを宿した液体素材。光魔法に反応して発光する。魔導ランプの触媒や、光系魔法具に適している。
発光甲殻片
カブトーンの甲殻から得られる素材。硬く、魔力に反応して発光するため、防具や高耐久魔法具の素材に向く。
⸻
「毒晶針……風魔法で拡散できたら、毒の霧にできるかなって話してたんだ」
「羽片は、ライトの飾りとかに使えるかな。揺れると光が綺麗だし」
「甲殻は、かなり頑丈だから盾にしても良さそうじゃ。透輝液でコーティングすれば強度も美しさも……」
「星灯の雫はね、光魔法に反応して、ふわって光るんだよ! ランプにしたいな〜!」
各々が思い描く“つくりたいもの”の話で、カレーがどんどん冷めていくほどだった。
こうして夜は静かに更けていく。
夜のしじまのなかで、未来の灯がまたひとつともされた
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
ツムギが主人公のPOTENメンバーのお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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