ボス戦、開幕
扉の向こうに広がっていたのは、静寂と光が支配する広大な空間だった。
天井は高く、まるで星空そのものを閉じ込めたようなドーム状。
足元には、わずかに光を帯びた白い石が敷き詰められ、踏みしめるたびに淡く音が響く。
中央には、何かが眠っているような——そんな、奇妙な違和感が漂っていた。
「……来るぞ」
バルドが小さく唸るように言った、直後。
空気が震えた。
ふっと照明のような光が沈黙し、反転するように、中央の空間が“裂ける”。
そこに現れたのは——
発光する甲殻に覆われた、巨大な昆虫型の魔物。
「……カブトーン」
エドが息を飲んだ。
その姿は、まるでカブトムシのように逞しく、
だがそのツノの先端がゆらゆらと発光しており、不気味なまでに光を歪めていた。
「……ここは、ボス部屋か」
ハルはひとつ息を吸い、振り返った。
「バルド先生、エドさん——下がってください。僕がやります」
その目は、静かに、しかしはっきりと覚悟を宿していた。
「ハル……」
エドが何か言いかけたが、バルドが無言で肩に手を置き、そっと頷く。
(これは、ハルの戦いだ)
カブトーンが動いた。甲殻が鳴る音と共に、ゆっくりと宙へ浮かび——
次の瞬間、光を放って姿をかき消した。
「消えた!?」
ハルは目を細め、空間全体に意識を向ける。
(どこだ……どこに……)
その時——背後から、空気を裂くような風圧。
「——来る!」
反射的にハルは二人の前へ飛び出し、身体で刃のようなツノを受け止めた。
「っ——!」
鋭い衝撃が腕に走る。服が裂け、皮膚が切れた。血がにじむ。
そのまま跳ねるように後退し、すかさず詠唱を開始。
「——《ウィンドサークル》!」
巻き上がる風がうねり、二人を守るように円型の風の壁が形成される。
「ここからは——僕のターンだ」
強く睨むように空間を見据えながら、ハルはじわじわと魔力を練り上げる。
目の奥に、光が宿っていく。
強く睨むように空間を見据えながら、ハルはじわじわと魔力を練り上げる。
その目の奥に、確かな“光”が宿っていく。
(……サイルさんが言ってたのは、きっと、こういうことなんだ)
“悪い部分を、じっと観察する”
“集中すれば、見えないはずのものが見えることがある”
その言葉を思い返しながら、ハルは目を凝らす。
“見えない敵の動き”を、光の残滓や空気の揺らぎ、わずかな魔力の流れから探り出そうとする。
(どこだ……どこにいる……)
ライトの光だけでは、カブトーンの姿は見えない。
影の奥に紛れるように、空間は静まり返っていた。
ハルはさらに意識を集中させ、宿した光を視界に流し込むように、目の奥から魔力を染み込ませる。
だが——その“気配”に気づいた瞬間には、すでに遅かった。
「——っ!」
鋭い風を裂く音。
直感だけで、ハルは体をねじった。
直後、カブトーンのツノがハルのすぐ脇を掠め、地面を鋭く抉っていく。
「っ、今の……っ」
ギリギリで避けたものの、紙一重。
汗が頬を伝い、背筋に冷たい感覚が走る。
(……むこうも本気だ!)
だが、その瞬間——
一閃、何かがハルの目に映った。
わずかにゆがんだ光の線。
空間に“染み”のような濃淡が生まれていた。
「……見えた」
ハルは目を細め、空間の“染み”のような揺らぎに狙いを定めた。
魔力を指先に集中させ、空気を裂くように手を突き出す。
「——はっ!」
風の魔法が駆け抜け、狙った一点に向かって打ち込まれる。
だが——
すり抜けた。
手応えが、ない。
「……っ」
確かにそこに“何か”はあったはず。
でも、今の攻撃は届かなかった。
(……見えていても、“そこにある”とは限らない)
そう、これはただの視覚的な気配。
姿を見た気がしても、実体がなければ、攻撃は通らない。
「……そうか。“現れた時”じゃないと、意味がないんだ」
ハルは、深く息を吸う。
(だったら、あのときと同じように——)
右手を掲げる。
目に光が宿ると同時に、口元が静かに動いた。
「——《ライト》!」
放たれた光が空間を照らす。
その光が、“染み”の中心に触れた瞬間——
そこに、歪んだ甲殻と、ゆらめくツノが一瞬だけ露わになる。
「……いた!」
ライトの光を受けて、カブトーンの姿が一瞬だけ露わになった。
ハルは見逃さなかった。
すかさず風魔法を展開し、指先から一閃を放つ。
「——《ウィンドスラッシュ》!」
風が鋭く空を裂き、今度こそカブトーンの胸部を正確に射抜いた。
だが——
がんっ!
音が、違う。
手応えはある。だが、貫けない。
(……固い……!)
甲殻が、思った以上に分厚い。
風の斬撃はたしかに命中したはずなのに、その装甲に阻まれ、傷ひとつ与えられなかった。
「……じゃあ、近くで——!」
ハルは走り出す。
腰から抜いた短剣を逆手に構え、滑り込むようにして懐へ入り込む。
カブトーンの腹部。甲殻と甲殻の節の隙間。
そこを狙って、渾身の一撃を突き出した。
しかし——
カンッ!
金属のような弾かれる音。
刃が節の隙間に届く寸前、思いもよらぬ内側の補強殻に阻まれた。
「くっ——!」
次の瞬間。
カブトーンがツノを反転させ、正面から叩きつけるように突進してきた。
「——っ!!」
避けきれない。
ハルの身体は、鋭い光と共に空中へ吹き飛ばされ、
そのまま背中から壁に叩きつけられた。
「……ぐっ……!」
肺の空気が抜ける。視界がぐらりと揺れた。
短剣が手から離れ、石畳の上にカランと転がる。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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