魔導スライムと分泌液
本日1回目の投稿です
玄関を出たとき、朝の風がそっと頬をなでた。
POTENハウスの窓からは、みんなが手を振ってくれていて、バルドさんは「慌てるな、お前なら大丈夫だ。落ち着いて行け」と声をかけながらも、どこか少し心配そうな顔をしていた。
(うん、大丈夫。ちゃんと準備はした)
初めての冒険者依頼に選んだのは——
「魔導スライムの分泌液回収」
依頼内容には、こう書かれていた。
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【依頼内容】
依頼名:魔導スライムの分泌液回収
ランク:F
場所:ギルド指定区域・南東のスライム林付近(安全区画)
目的:自然に落ちた“魔導スライムの分泌液”を10滴以上回収すること
注意点:
・スライムは攻撃禁止。分泌液のみの採取。
・スライムの動きを刺激しすぎると怒って逃げるので、静かに。
・ぷにぷにしたゼリー状。乾燥防止の瓶に保存すること(ギルド支給済)
・液体の質を保つため、採取後は速やかに納品
報酬:1,500ルク/10滴(追加報酬あり・状態の良い液体が多ければ加算)
備考:瓶の封はしっかり閉めること。
依頼主:職人ギルド
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(採取だけなら、きっと僕にもできる……)
スライム林は、学院の裏手から丘を越えた先にある、初心者向けの安全区域。冒険者登録をしたばかりの学院生たちが、最初に訪れることが多い場所だ。
分泌液は、低ランクの魔導具の触媒や、試験薬の素材として使われるそうで、地味ながら需要は高いらしい。
(地味……だけど、なんだかワクワクする)
小さなスライムの通った跡をたどって、そっと液体を集めていく。
そういう、地道な作業——僕は、ちょっと好きかもしれない。
ポシェットの中には、ギルドで支給された小瓶がいくつかと、自前の小瓶を数本。
布でくるんで、ふかふかポケットにしっかりと収めておいた。
そして、ツムギお姉ちゃんが作ってくれた魔導通信機が、胸元でキラリと光っている。
(よし……たくさん採って、みんなのお土産にもするぞ!)
そう心の中で呟きながら、朝日に背中を押されるように、ハルは森へと歩き出した。
草を踏みしめるたびに、風がふわりと頬を撫でていく。
どこへ進めばいいのかなんて、誰にも教えられていないのに、不思議と“こっち”だという感覚があった。
(……風が、案内してくれてる)
道に迷う気がしなかった。
まるで風が、「こっちだよ」と耳元で囁いているような……そんな感覚が、近頃ずっと続いていた。
そうして辿り着いたのは、緩やかな木漏れ日が差す、静かな小さな林の一角だった。
空気が澄んでいて、草の香りもほんのり甘い。ギルドが指定した“スライム林”の安全区画。
ここに、目的の魔導スライムがいる——はず。
そう思った、そのときだった。
「……いた」
木の根元、苔むした石の陰に、ぷるんと揺れる姿。
それは、ハルが思っていたよりもずっと……ずっと、かわいかった。
うす紫の透明な身体は、朝の光を受けて、ほんのりと内側から光っている。
ぷるぷるとした体を揺らしながら、静かにそこに座っていて、目が合ったような気がした。
(……なんか、すごく、おだやかそう)
ハルはその場にしゃがみこみ、息を止めるようにして、そっと観察を始めた。
スライムは警戒する様子もなく、小さくぷるん、と体を震わせると、ぺたぺたと短い距離を移動し始める。
「かわいい……」
思わず声が漏れそうになって、慌てて口を手で押さえた。
気を引いてはいけない。スライムは刺激すると逃げてしまうのだ。
(そーっと、そーっと……分泌液、落としてくれないかな)
スライムが移動したあとに、ほんの少しだけ、ゼリーのような透明な痕跡が残っている。
その痕跡の前を歩くスライムから、ぽたり……と、今まさに滴り落ちようとしている雫があった。
ハルはポシェットをそっと開け、瓶を取り出す。
片手で慎重に蓋を開け、風の流れに助けられるように、静かに瓶の口を液体の下へ。
「……よし」
ぽたり、と最初の一滴が、瓶の底に収まった。
その瞬間、スライムがぷるんと震えて、小さくこちらを見たように感じた。
(……え、怒った?)
ハルが少しだけ体を引いたとき、スライムは——ぷに、と跳ねて、ハルの足元へ。
まるで、興味を持ったかのように、ぺたぺたと寄ってきた。
「うわ……っ、な、なんだ……?もしかして、仲良くなれたり……?」
少し前に、テイマー適性があると診断されたのを思い出す。
とはいえ、★1では仲間にするのはまだ難しいだろう。けれど——
(……気に入ってくれたの、かな)
スライムはしばらくハルの足元をうろうろしたあと、くるりと方向を変えてまた木陰へ戻っていった。
そして、ぺたりと座り直すと、またぷるぷると穏やかに揺れ始める。
「……かわいすぎる……!」
そんな調子で、10滴分の液体を丁寧に瓶へ集め終えたころ、ハルは少しだけ腰を下ろすことにした。
ポシェットから取り出したのは、ハルお気に入りの、バルドさん特製ドリンク入り小瓶。
ほんのり甘くて、体がしゃっきりする不思議な味だ。
「ふぅ……おいしい」
風に吹かれながら一口、また一口と飲んでいると——
ぷるん。
「……ん?」
気がつけば、木陰にいたはずの魔導スライムたちが、ぷるぷるとと足元まで近づいてきていた。
一匹、また一匹。まるでハルのまわりを囲むように、静かに、でも確かな存在感で集まってくる。
「え、どうしたの……? な、なにか気に障ることしちゃった……?」
戸惑うハルの目の前で、スライムたちはくるりと向きを変えて、後ろを向くと——
ぽた……ぽたぽた……
次々と、足元に分泌液を落とし始めた。
「わっ、ちょ、まって!瓶、瓶……!」
慌ててポシェットに手を突っ込み、小瓶を取り出す。
次々に差し出される分泌液を、逃すまいと丁寧に受け取っていく。
「ありがとう……!えっと……ありがとう、なのかな……?」
魔導スライムたちは、また静かに揺れながら、「どういたしまして」とでも言っているかのように、ぷるんと体を揺らしてみせた。
やっぱり、めちゃくちゃ可愛い……。
ハルは、こみ上げてきた笑いをぐっとこらえて、瓶のふたをしっかりと閉めた。
本日は、あと2つのお話を投稿させていただきます。
もしよろしければ、ブックマークして読みに来ていただけると嬉しいです。
この物語は、いくつかの物語と世界観を共有していますが、本作単体でもお楽しみいただけます。
どの物語から読んでも問題なく楽しめますが、全て読むと、より深く世界のつながりを感じられるかもしれません。
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