ホシマルの知恵試し
「……あっ」
ぽつりと声が落ちた。ハルの目がわずかに見開かれる。
「もしかして、“月”なんじゃないかな?」
「月……?」
エドが問い返すと、ハルは言葉を選びながら続けた。
「“太陽の道を追う”って、月の軌道のことかも。月って夜にしか見えないし、地上では“影”って呼ばれることもあるよね。姿がはっきりしないから……」
「なるほど……そして、“時を測る術”というのも、“月日”の“月”か」
バルドが感心したように頷く。
「女神っていうのも合ってるよね。神話だとアルテミスとか、月を司る女神が多いんだよね」
エドの言葉に、ハルの目もぱっと輝く。
「うん、そうだ……答え、“月”だ!」
「……《月》!」
三人の声が重なり、魔法陣が再びほのかにきらめく。
「ぴんぽ〜〜ん!」
ホシマルの弾けるような声と共に、空中で光が花開いた。ふわっと回転しながら、宙に浮かぶ小さな体が満面の笑みを浮かべる。
「お見事ーっ! “月”こそ、夜を司り、時を知らせる天の女神! かつては農業の暦、旅の目安、祈りの対象でもあったのだよっ」
ホシマルはくるりと一回転して、ピタッと止まる。
「ではでは〜、調子が出てきたところで! つぎの問い、いっくよー!」
再びその身体に星の光が集まりはじめ、次なる問いの言葉を編み出していく——
ホシマルの身体が再び星明かりを帯び、くるくると宙を舞いながら輝く。
途端に、空気がまたぴんと張り詰めた。
「私が登ると影ができ、
私が沈むと星が見える。
多くの命を育み、時に奪う。
けれど、決して夜空には現れない。
私は誰?」
穏やかながらも不思議なリズムの詠唱が、広間に響いた。
ホシマルの声色はまた少し低く、問いの重みを伝えるかのようだった。
ハルはすぐに口を開いた。
「これも……月? 満月の夜とかって、影できるよね?」
けれど、すぐに自分で首を傾げた。
「でも、月は夜空に“現れる”し……星も夜に見えるし……
それに、命を育むのに奪うって、なんか矛盾してない?」
少し混乱したように眉を寄せるハル。その隣で、バルドが目を細めた。
「ハル、お主……夜空ばかりに囚われすぎじゃぞ。
“星が見えるのはいつか”、よう考えてみい」
静かな声に、ハルがはっとする。
「……星が見えるのは、太陽が沈んだ後……」
呟いた瞬間、頭の中の霧が晴れるようだった。
「……太陽! 太陽は生命を育てるけど、熱で命を奪うこともあるよね! 全部、太陽のことだ!」
「そして夜空には、決して現れない」
エドが頷き、三人で顔を見合わせる。
「——答え、《太陽》!」
光がまた瞬き、ホシマルが満面の笑みでぐるぐると旋回する。
「ぴーんぽーん! せいっか〜〜い!」
「いやあ、今回はちょ〜っと意地悪だったかも? でも、ちゃんとたどり着いたね! チームワーク、見事だったよ!」
ホシマルはぴょんっと跳ねながら、次の魔法陣のきらめきに身を預ける。
「ではでは〜、いよいよ四問目、いってみよー!」
そう言ったその瞬間、再びホシマルの瞳が凛と輝き、空気が一変する。
「——問う。」
「天を駆けるは狩人の影。
三つ並びし光の帯、
その手に握るは名高き剣。
夜を征くその名を、答えよ。」
淡い星明かりが広間を照らし、まるでその問いに呼応するかのように、天井の星々がきらめいた。
「三つ並んだ光……」
ハルが天井を見上げると、どこかにそんな星があったような気がした。
「この言い方、どこかで聞いたような……」
すると、すぐ隣でエドが小さく指を立てる。
「それ、たぶん“オリオンのベルト”だよ。星座の中でも有名な三つ星が、一直線に並んでるんだ」
「オリオン……?」
ハルが首をかしげると、エドは嬉しそうに語り出す。
「うん。ギリシャ神話にも出てくる狩人でね、星座では冬によく見えるよ。三つの星の並びがベルト、その横には剣が描かれてるんだ。昔の人はあれを、夜空を駆ける大きな狩人の姿だと思ったんだって」
「そっか……剣を持った、星座の狩人……!」
バルドが感心したように頷く。
「なるほどのう。三つの星が帯のように並ぶとなると、ほかに思い当たる星座はないじゃろう」
エドはにっこりと笑って、前に出る。
「答えは——オリオン座、だと思います!」
「せいっかーい!」
ぱあっと光が弾けたように、ホシマルが嬉しそうに宙を舞う。
小さな星のしっぽのようなものをふわふわと揺らしながら、エドのほうにぴょんと跳ね寄る。
「三つの星の帯、剣を携えた夜の狩人……その名も、オリオン座! 星の神話に詳しいんだね、君!」
「へへっ……星の動きがギミックと似てて、好きなんだ」
エドが照れくさそうに笑うと、ハルも「すごい!」と目を丸くする。
バルドも「頼もしいのう」と頷きながら、肩に手を置いた。
ホシマルはくるりと空中で一回転しながら、ふたたび魔法陣の中央に舞い戻る。
「ではいよいよ、最終問題へ――準備はいいかな?」
ホシマルの小さな身体がふわりと宙に浮き、
魔法陣の中心で、星のような光が集まりはじめた。
今までよりも、少しだけ厳かな雰囲気。
星々が軌道を描くように回転し、淡く光る文が空中に浮かび上がる。
そして、ホシマルの声がひときわ静かに響いた。
「針も歯車も持たぬが、
空を読み解く鍵をくれる。
回せば未来、回せば過去。
空に咲く花の名を教えてくれる、
知恵の円盤とは?」
広間の空気が、静まり返る。
五つの問いの最後にふさわしい、
空と知恵を象徴する、深い謎かけだった。
「空を読み解く鍵……知恵の円盤……?」
広間に張り詰めた空気のなか、ハルがぽつりと呟くと、三人はそれぞれの思考に沈んだ。
「回すものっていうのが気になるね」とエド。
「だったら、“羅針盤”とか……?」とハルが手を顎にあてる。「回して使うし、知恵というか、航海とか冒険には欠かせないものだし」
「うむ。だが羅針盤は“方角”を測るものだし、針はあるのう」とバルドが首を振る。
「そっか……じゃあ、“天球儀”とか?」
エドが思いついたように口にした。
「確かに、星の動きや配置を再現した模型だし、針はないよね。空を“読む”って意味ではぴったりかも……」
「でも、あれって円盤というより“球体”じゃない?」
「……あ、そうか。確かに」
三人は再び沈黙した。
「“回せば未来、回せば過去”って言葉……“占い”の道具みたいにも聞こえるな」ハルがぽつりと。
「だったら、“占星盤”とか?」
「……でもあれも星の未来を読む“円盤”だよね。運命は教えてくれても花の名を教えてくれるようなものではないし……」
「くぅ〜〜悩ましい!」
ハルが両手で頭をかきむしりながら、ハルはふと空を見上げるように目を細めた。
「“空に咲く花”って……もしかしたら“雲”とか“太陽”のことかも? 空に浮かんでて、かたちがあって、時間と一緒に動いて……」
「なるほど……太陽と時間を結びつけるなら、“日時計”が浮かぶな」とエド。
「うん。針も歯車も使わないし、“影”で時間を測るって、未来や過去を読むって表現にも合ってるかも!」
「それに、太陽の位置を使って空の“今”を知る道具じゃしのう」
ハルは小さく息を吸い、ホシマルに向かって一歩踏み出した。
「……答えは、“日時計”!」
その瞬間、ホシマルの表情がぴたりと止まる。
まるで星空が凍ったような静寂のあと——
「ぶっぶーっ! はずれ〜っ!」
ぴょこんと跳ねながら、ホシマルが明るく笑う。
「おしいけど、ちがーう! あと一回で入口に戻されちゃうから、気をつけてね〜?」
三人の顔に、緊張がじわじわとにじみはじめた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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