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淡く光る虫

 「……あれ、なんだ?」


 エドが小さく声を漏らした。

 奥の闇に浮かぶ淡い光が、ひとつ、ふたつ……気づけば、数を増やしていく。


 ふわりと飛んできたその影は、光を帯びた小さな虫のような存在だった。

 身体はビー玉ほどの大きさで、背中からは柔らかな羽がきらきらと輝いている。

 だが——


 「……刺されたら、厄介かも」


 ハルは目を細めた。

 その小さな体の先端に、鋭い針のようなものがついていたのが見えた。


 集団でこちらへ向かってくる。

 ふわふわと漂ってはいるが、確実に、敵意を持って接近しているのがわかった。


 「バルド先生、エドさん——」


 ハルは、ふたりの前にすっと立ち、振り返らずに言った。


 「ここは僕がやる。……下がっててください」


 その声は、落ち着いていた。

 いつもの柔らかさよりも、ほんの少しだけ低くて、まっすぐだった。


 「ハル……」


 エドが口を開きかけたが、バルドがそれを制した。


 「……ふむ、任せてみるのも一興じゃな。わしらは、後ろから見守っておろう」


 「……了解」


 ハルはそっと拳を握りしめ、深く息を吸い込んだ。


 目を細め、光の群れを見据える。


 光が舞う、星の遺跡の空間に。

 ひとり立つハルの姿が、そっと浮かび上がった。


目の前に広がる、無数の光。


 その数、およそ五十——。

 一匹一匹は小さくとも、群れで襲いかかってくるとなれば、厄介極まりない。


 ハルは呼吸を整え、思考を加速させた。


 (……針に、毒があるかもしれない)


 脳裏に浮かんだのは、バルドから借りた魔物図鑑の記憶だった。

 この手の光虫系は、体内に毒を持っていることが多い。刺されたら、麻痺や鈍重の状態異常を引き起こす危険がある。


 (バルド先生やエドさんに届いたら、まずい……)


 後ろにいるふたりをちらりと見る。


 (——1匹たりとも、後ろには行かせない)


 数の差、動きの早さ。単純な殲滅戦では押し切られるかもしれない。

 ならば、まず“通さない”状況をつくる必要がある。


 (風……だ。虫が向かい風になるように、風の壁を作る)


 バリアほどの防御力は出せないが、相手が小さな虫であることを考えれば、十分効果はあるはずだ。

 羽ばたきの方向と逆の風を送り続ければ、こちらに近づくことすら難しくなる。


 (……ウインドサークル。あれなら使えるかもしれない)


 もとは攻撃用の範囲魔法——

だが、風の向きを制御すれば、“風の盾”として応用できるはずだ。


(風を前方へ集中させる……最小限の魔力でいい。風の壁が持続するように、丁寧に流れを保てば……)


魔力の流れを慎重に整えながら、ハルは静かに息を整え、詠唱の準備をはじめた。


右手を前に出し、風の魔力を一点に集める。


 「——《ウィンドサークル》!」


 瞬間、足元から渦を巻くように風が立ち上がり、ハルとバルドたちの間に透明な“風の壁”が生まれる。吹き荒れる風が盾のように立ちはだかり、背後にいる仲間を守るようにうねっていた。


 《ウィンドサークル》の壁を境に、前方には襲いかかる虫型魔物たち——その全身がわずかに発光しており、細く尖った尾針が脅威を物語っている。集団で群れ飛ぶ姿は圧迫感すらあった。


 だが、ハルは一歩も引かない。


 背後では、バルドがその陣形に目を見張っていた。


 「……あの風は、“後衛を守るための障壁”か。よう考えたのう、ハル」


 エドは目を見開いたあと、小さく息を吐く。


 「……あの状況で、僕らを戦場の外に出してる。魔物が襲いかかってきてるのに、そこまで冷静に……」


その声には、驚きと、わずかな尊敬の色が混じっていた。


 《ウィンドサークル》を背に、ハルは次の作戦を考える。


 このままじゃ、虫がばらけすぎている。ひとつひとつ相手にしていたら、時間がかかる。

 もしかすると、ウィンドサークルの風が消えてしまうかもしれない。


 バルドとエドを守る壁が消えれば、戦闘どころじゃなくなる。


 まとめて倒すには、虫を一箇所に集める必要がある。


 視線を巡らせながら、ハルは記憶の中にあった知識を思い出す。


 (確か……虫って、光に集まる習性があるんじゃなかったっけ?)


 夜に見かける街灯や、ツムギお姉ちゃんの作業ランプに集まってくる小さな羽虫たちを思い出す。あの光に向かっていく様子——


 だったら、魔法で光を浮かせたらどうだろう。虫たちが自分の元に集まってきてくれれば、一度に仕留められる。


 (やってみよう)


 ハルは右手を高く掲げ、魔力の流れを一点に集中させた。


 「——《ライト》!」


 魔力が凝縮し、空中にまばゆい光が生まれる。それはちょうど、ハルと虫の群れの中間あたり——戦場の中心にふわりと浮かび上がった。


 周囲にちらばっていた虫たちが、一瞬、その動きを止める。


 次の瞬間、まるで引き寄せられるように、無数の羽音を立てて光のもとへと群がりはじめた。


 「……来た!」


 光の周囲に集まっていく魔物たち。その動きに、ハルの目がわずかに細められる。


 (読み通りだ……!)


 光に集まった虫たちが、空中で群れを成し、羽音が不気味に響き始める。

 けれど、ハルは一歩も引かず、その中心で静かに右手を掲げた。


 (今なら、一気に……)


 風の流れを感じ取りながら、魔力を収束させていく。


 「——《ウィンドサークル》!」


 詠唱の言葉と同時に、ハルの足元から風が巻き上がる。

 空間を渦巻くように、空中の一点に狙いを定めて広がっていく。


 風の輪は拡大し、光のまわりに群がる虫たちを飲み込んだ。


 突風が唸りを上げる。


 小さな羽音が悲鳴のようにかき消され、風が一瞬、弾けた。


 爆ぜるような風圧。光の下に密集していた虫たちは、一匹残らず、風に巻き上げられ、そして吹き飛ばされた。


 羽ばたく音も、毒針の気配も、すべてが消えた。


 辺りに残ったのは、静けさと風の名残——そして、散らばる小さなドロップの輝き。


 ハルがそっと歩み寄ると、地面には、紫色に淡く輝く毒晶針どくしょうしんと、羽のように薄く光を放つ微光羽片びこううへんが、風に舞った名残のように点々と落ちていた。


 ハルは静かに手を下ろした。


 「……ふう」


 風はやがて収まり、幻想的な星天のドームが、再び静寂に包まれた遺跡を照らしていた。

明日も23時時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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