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晶樹液の採取

 その日、ハルはツムギのために透輝液を作る材料――晶樹液を採りに、カムニア町の森を訪れていた。


 森の入り口をくぐると、風が頬を撫でた。葉のすれあう音、木漏れ日のきらめき。ここは何度も訪れたはずなのに、やっぱり好きだな、とハルは小さく息を吐いた。


 ——数日前のこと。


 「ねえ、ツムギお姉ちゃん。透輝液、もう在庫少ないでしょ? 数日中に、取りに行ってこようか?」


 そう声をかけたとき、ツムギはぱっと顔を明るくした。


 「えっ、本当? 助かる! 透輝液、最近は職人ギルドでも買えるようになったんだけど……やっぱり、ハルくんが取ってきてくれたのが、一番品質がいいんだよね」


 その言葉に、ハルは思わず胸を張った。

 照れくさいけれど、嬉しかった。

 ぽても肩の上で「ぽぺっ」と小さく跳ねる。まるで、「それな!」とでも言っているみたいだった。


 ——そんなやり取りを思い出しながら、ハルは森の中へと足を踏み入れる。


 不思議なことに、足取りは自然と軽くなっていった。

 どの枝をくぐり、どの茂みを避ければいいのか、風の流れがそっと教えてくれる。


 何度も来たことがある。でも、ハルはいつも“案内されている”ような感覚を覚える。


 「……今日も、道を教えてくれてる気がするな」


 やがて、その木が見えてきた。

 森の奥深くではなく、道のりの半ば、少し開けた場所に、一本だけ異質な存在感を放つ水晶樹が立っている。


 幹は大きく、どこか透き通るような色合いをまとっていて、

 その表皮のあいだからは、光を受けてきらめく樹液が、わずかににじんでいた。


 ハルはゆっくりと近づき、手を胸に当てて、小さく頭を下げた。


 「こんにちは。……また少しだけ、晶樹液を分けてもらえませんか?」


 声は静かに、風に乗って届くように。

 返事があるわけではないけれど、ハルはその場に立ったまま、しばらく木の前で待っていた。


 ぽても、ハルの足元でそっと佇む。

 風がひとつ吹き抜けたあと――


 ぽた、ぽた……。


 樹皮のひび割れの隙間から、静かに、けれど確かな量の晶樹液が滴り落ち始めた。


 「……ありがとう」


 ハルは小さな布袋から、透き通ったガラスの小瓶をいくつか取り出すと、

 そのうちのひとつを木の根元へとそっと差し出した。


 ぽた……ぽた……


 透明な晶樹液が、静かに瓶の中にたまっていく。

 陽の光を受けて、液体はきらりと光を跳ね返しながら、さらさらと底を満たしていく。


 瓶を持つ手に伝わる、わずかな重み。

 

 「……今日も分けてくれてありがとう!」


 栓をしっかりと閉めると、ハルはそっと息をついた。

 いつもと変わらぬ静けさの中に、優しい気配が満ちているような気がした。


 小瓶に樹液を受け取り終えると、ハルは木のそばに腰を下ろした。

 地面に敷かれた落ち葉はふかふかとしていて、木の根元に凭れると、心がふっと軽くなるような気がした。


 この場所は、特別だった。


 森の一部でありながら、どこか別の空気をまとっていて、

 返事はなくても、ここにいると“見守られている”と感じる。


 「ねえ、聞いてくれる?」


 返事はない。でも、それでよかった。

 この木なら、ちゃんと届く気がする。


 「このあいだ、リュカと一緒に、ダンジョンに行ったんだ!」


 言葉にしただけで、胸の奥がぽっと温かくなる。

 ハルの声は自然と弾んでいた。


 「すごく面白くてさ! 知られてないルートが見つかって、そこ、なんか機械の遺跡みたいになっててさ。機械仕掛けの魔物を倒したら、ガラクタみたいな金属をドロップしてさ……僕には価値があるようには見えなかったけど、でもそれがツムギお姉ちゃんたちにはすっごく貴重で——」


 笑いながら、ひと呼吸置く。


 「それでね、そのダンジョンで拾ってきた魔石で“お守り袋”を作ったんだ。すごく綺麗にできてさ。子どもたちに配るやつなんだけど、ちゃんと魔法陣が描いてあって効果もあるの!」


 言ってる本人が一番楽しそうだった。


 「そのときにさ、魔法陣を大量に作るのに使ったのが、透輝液っていうのでさ、それを作るのに、ここで分けてもらった晶樹液を使ったんだよ。

  すごいよね、この木からもらったやつが、誰かを守るものになってるなんて」


 目を細めて、小瓶の中できらめく液体を見つめる。

 その中に、みんなの笑顔が浮かぶような気がした。


 「しかもね、前にその透輝液で僕のマントどめを作って貰ったんだけど、どういうわけか、そのマントどめ魔導通信機になったんだよ!? ツムギお姉ちゃんが作ったんだけど、“声を届けられる魔導具”になっちゃうなんてさ、びっくりだよ!」


 笑い声が森に溶けていく。

 ハルは楽しそうに、次から次へと思い出を話し出した。


 「そのマントどめの核に使ったのが、未発現魔導結晶なんだって。想いに応えて変化する結晶らしくて……僕たち魔導通信機欲しいねって話してたから、そう変化したのかな……」


 ほんの少しだけ、声が真剣になる。


 「でも、その魔導結晶は、もうほとんど残ってないんだ。 バルド先生も普通は手に入らないってたし……」


 そして、少しだけ目を伏せたあと、にっこり笑う。


 「だからね、僕、いつか見つけたいなって思ってる。自分の手で、そういう特別な結晶を。

 きっとPOTENのみんななら、そんな素材からすごく面白いやつ作ってくれると思うんだ!」


 ひとしきり喋って、ようやく息をつくと、森は静かだった。

 けれど、どこか、あたたかい静けさだった。


 風が一度、そっと吹き抜けて、枝が軽く揺れる。


 「ふふっ……ありがとう。聞いてくれて」


 そう呟いたときだった。


 ぽた……。


 小さな音がして、ハルはゆっくりと顔を上げた。


 木のひび割れから、静かに晶樹液が滴り落ちていた。

 けれど、さっきとは違う。


 ガラスの小瓶に落ちたその液体は、明らかに、いつもと違う色をしていた。


 「……え?」


 ハルは目を瞬かせて、そっと瓶を持ち上げた。

 瓶の底で揺れているのは、透き通った琥珀色の液体。

 それはまるで、陽だまりの中で溶けた金のように、あたたかく、柔らかくきらめいていた。


 一目でわかる。

 ——これは、いつもの晶樹液じゃない。


 「……すごくきれいだ」


 手の中で瓶を回すと、光が反射して、液体の内側から金色の粒がふわりと浮かび上がるような錯覚を覚えた。


 ハルは瓶を見つめながら、ぽつりと呟く。


 「……これ、もしかして……僕のために、出してくれたの?」


 答えはない。けれど、その沈黙は、まるでうなずきのようにあたたかかった。


 「いつも、話を聞いてくれるだけでも嬉しいのに……」


 小さな笑みが、自然とこぼれた。


 「ありがとう。大切にするね」


 そして、ハルはその瓶にそっと栓をして、

 自分の胸元に、大事な宝物のようにしまいこんだ。

明日も23時時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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