ハルの日常
4月11日3回目の投稿です
僕の住んでいるPOTENハウスの朝は、だいたい騒がしい。
ここは、ツムギお姉ちゃんたちが立ち上げた創舎──《POTEN創舎》の本拠地で、町から少し離れた城下町にある。
名前の由来は、もちろんぽて。
小さくてふわふわで、はじめはただのぬいぐるみだったのに、いつの間にか“生きている魔導具”になったらしい。
なにを考えてるのか分からない顔をしてるけど、実はすごく賢くて、ツムギお姉ちゃんの一番の相棒だ。
この家には、毎日誰かが泊まっていて、誰かが帰っていって、でもいつも誰かがいる。
僕も、魔導列車で一時間ほどのところにある実家とここを、半分ずつ行き来してる。目がだんだん悪くなる病気の母さんの様子を見に帰りつつ、仲間たちと過ごす日々。
唯一、ずっとこの家に住み込んでるのがバルドさん。
管理人とか言ってるけど、どう見ても寮のお父さんみたいな存在で、毎日朝から豪快にフライパンを振って、ごはんを作ってくれる。
「……こらナギ、テーブルの上に布くず広げるんじゃない。朝飯が糸くずだらけになるぞ」
「えっ、でもこの色味、今しか思いつかなくて……!あっ、ぽて、ちょっと!それ踏んじゃダメー!」
ナギさんは朝からミシンの前でテンションが高い。ぽてがその周りをふよふよ飛びながら、布を選別してる(ように見える)。
「ほら、また朝飯が冷めるぞ。ツムギ、魔法陣描くのは飯のあとだ。……あとで一緒に見てやるから、それまで我慢しとけ」
「えっ、あとで見てくれるんですか!? やったー!じゃあすぐにごはん食べますっ!」
ツムギお姉ちゃんは、朝ご飯を食べずに魔法陣に夢中。たぶん、朝から創術の実験モードに入ってしまった。
「やかましいな……」とつぶやきながら、エリアスさんは黙々と書類をまとめてる。
顔は微笑んでるけど、ペンの動きがなんだかやたら早い。ギルドとの契約文書の準備でもしてるのかもしれない。
その隣では、エドさんがなぜか玄関のドアの蝶番を分解してる。
「ちょっと音がした気がした」とか言いながら、すでに道具箱を全部広げてるのがさすが。
リナさんはというと、パンを食べながら帳簿を片手にひとこと。
「バルドさん、朝食はおいしいけどコスパ悪いな。今度ちょっと見直そか?」
「飯をケチって頭が回らんじゃ話にならぞ。しっかり食べて、いいもん作れば、そっちの方がよっぽど効率的ってもんだ」
……こんな感じで、朝からわいわいしてるのが、いつもの風景。
* * *
「ところで、ハル。初依頼、受けたって?」
口いっぱいにパンをほおばっていたナギさんが、ふと思い出したように聞いてきた。
「うん……“魔導スライムの分泌液回収”っていうやつ」
「え、あの分泌液のやつ?地味だけど、ハルがやってるとなんか可愛いし!安全そうでちょうどいいかもね〜」
「可愛いって……ぬるぬるになるかもよ?」
「ハル、これを持ってけ。毒草と魔物の簡易図鑑じゃ。ちっこいが中身は詰まっとる。ポケットに入れとけ、歩きながらでも読める」
バルドさんは真顔で小さな冊子を手渡してきた。中を覗くと、びっくりするくらい実用的で、しかも妙にリアルな挿絵が多い。
「よかったら、俺が同行しようか?」とエリアスさんが言いかけたけど、
「さすがに初依頼に証契士ついてったら逆に目立ちすぎるやろ」とリナさんが止めてくれた。
「応援してるからね! 危なくなったら、すぐ魔導通信機で連絡して!」
ツムギお姉ちゃんがそう言ってくれると、なんだかそれだけで大丈夫な気がしてくる。
そうそう、僕には、宝物がふたつある。
一つは、魔導通信機。
声をメッセージとして送れる、珍しくてすごく便利な魔導具。
本来は王族や貴族が使うような高級品らしいけれど、ツムギお姉ちゃんが創術で作ってくれて、今では《POTEN創舎》の仲間全員が持っている。
困ったとき、すぐに仲間と繋がれるこの魔導通信機は、
心の中の不安をそっと溶かしてくれる、“お守り”みたいな存在だ。
そしてもう一つは、進化するポシェット。
お父さんが素材を集めて、お母さんが手縫いで作ってくれた、大切なもの。
壊れそうになってしまったあと、ツムギお姉ちゃんが修繕してくれて……そのとき見つけた守り石と“相結”して、不思議な力を持つポシェットに生まれ変わった。
長時間歩いても疲れにくくなること、魔物に見つかりにくくなること。
今のところ確認されている効果はこの二つだけだけど、
冒険者になると決めてから、中に入る容量がちょっとずつ増えてきている気がする。
気のせいかもしれないけれど……それでも、なんだか“これから”を応援してくれているような気がしている。
こうして、みんなに見送られながら、
僕の“冒険者としての初依頼”が始まる。
——相棒の道具たちと、大切な想いを胸に抱いて。
本日は、三つのお話を投稿させていただきました。
明日も三話投稿予定です。
もしよろしければ、ブックマークして読みに来ていただけると嬉しいです。
この物語は、いくつかの物語と世界観を共有していますが、本作単体でもお楽しみいただけます。
どの物語から読んでも問題なく楽しめますが、全て読むと、より深く世界のつながりを感じられるかもしれません。
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
https://ncode.syosetu.com/n3980kc/
⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
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