POTENハウスへの帰宅
ロザは手元の書類を整えると、ふたりに向かってやわらかく微笑んだ。
「それじゃあ、この件は私がギルドと話をつけておくわね。第二層への挑戦をいつにするかは後日また話しましょう。疲れていただろうに、帰還後すぐに寄ってくれて、ありがとう。お疲れ様でした」
机の上を軽く叩きながら、ロザは問いかける。
「何か、今のうちに聞いておきたいことはあるかしら? なければ、今日のところはここまでにしましょう」
リュカとハルは顔を見合わせてから、ほぼ同時に首を横に振った。
「特にないです!」
「大丈夫です!」
そうしてふたりは、貸し出されていた魔導通信機を返却カウンターに預けると、ギルドの建物を後にした。
外に出ると、もうすっかり夕暮れが街を染めていた。温かなオレンジ色の光が、舗装された石畳に長い影を落としている。
リュカは両手を頭の後ろで組みながら、隣を歩くハルに声をかけた。
「なぁ、第二層ってなると、やっぱちょっと長丁場になるよな。何日か籠るかもしれないし」
「うん。今回は簡単な遠征グッズだけだったけど……今度は一週間くらい耐えられる用意をしておいた方がいいかも」
ハルは真剣な顔で考え込む。
「それに、傷薬とか、予備のポーション類も。……あと、出来たら温かいもの食べられると良いよね……」
「ははっ、食いもん優先かよ」
リュカが笑うと、ハルは恥ずかしそうに頬をかいた。
「だって、冷えたパンだけだと、元気でないかもしれないじゃん?」
「ま、わかるけどな! よし、次はもっと準備バッチリで行こうぜ!」
リュカはそう言って、ハルの背中をぽんっと叩いた。
「第二層、絶対攻略してやろうな!」
「うん!」
明るい掛け声を交わすと、ふたりは角で手を振って別れた。
ハルは、手の中に大事そうに抱えた小さな袋を見つめ、胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
(早くみんなに見せたい……!)
傷の痛みも、疲れも、今だけはどこかに吹き飛んでいた。
ハルは一歩、また一歩と勢いを増して、石畳を駆けだす。
夕暮れの光の中、小さな背中は希望に満ちた未来へと、まっすぐに走っていった。
城下町の石畳を駆け抜け、ハルはまっすぐにPOTENハウスの玄関に飛び込んだ。
「ただいまーっ!」
勢いよく開けた扉の音に、室内にいた仲間たちが一斉に顔を向ける。
そして、次の瞬間——。
みんなの動きが、ぴたりと止まった。
手にしていた道具や布を位置で固まらせたまま、
ハルの姿を目を丸くして見つめている。
──革の冒険者ポーチを肩から下げ、膝には軽装備用のガード。
いつもの優しい少年ではなく、確かに「冒険者」としての顔を持ったハルが、そこに立っていた。
「えっ……ハルか?」
最初に小さく息を呑んだのはジンだった。
続いてツムギがぽかんと口を開け、エドが慌てて工具を持ち直し、バルドも珍しく眉を上げる。
その様子に気づかないまま、ハルはポシェットの口に手を突っ込んだ。
「みんな! みんな! 見て見てっ!」
ポシェットの口がふわりと光り、ハルは魔石をひとつ取り出す。
それは拳ほどの大きさの、淡い青色に光るかけらだった。
「これ、ダンジョンで採れた魔石だよ!」
興奮冷めやらぬ様子で、ハルは次々にポシェットから魔石を取り出していく。
ハルが勢いよく魔石を取り出していると、ふいにバルドがゆっくりと立ち上がり、
鋭い目でハルをじっと見つめた。
「ハル……その腕、どうしたんじゃ」
指差された場所を見て、ハルは「あっ」と声を上げた。
袖口から覗いた肌に、小さな擦り傷や打撲の跡がにじんでいる。
バルドは無言で自分の部屋へ戻り、手に小さな瓶を持ってきて、ハルに口に押し付けた。
「黙って飲め」
「え、えぇっ、今ここで……?」
たじろぐハルに、ぽてがぽぺぽぺと必死に腕にしがみつきながら、
「ぽぺぇぇぇ!!(早く飲んで!!)」
とぷるぷる震える。
観念したハルは、顔をしかめながらポーションをおとなしく飲まされた。
甘苦い味が喉を流れた瞬間、じんわりと傷の痛みが引いていく。
「ほら、無理をしても仕方ないじゃろう」
バルドはそう呟き、そっとハルの頭をくしゃりと撫でた。
その様子を見ていたジンが、少し笑いながら口を開く。
「冒険者だから、多少の傷はつきものだ。全部を細かく報告する必要はない……けどな」
エドも、工具を置きながら続けた。
「心配してくれる人がいるってことは、ありがたいことなんだ。無事だってわかるだけでも、みんな安心できる」
「そうそう。こまめに無事を知らせてくれるだけで安心するぞ!
……そのために、魔導通信機もあるんだからな?」
ジンは軽く笑って、ハルの肩をぽんっと叩いた。
少しだけ、言葉を探すように間を置いてから、ゆっくりと言った。
「無事の便りもそうだけど、できる範囲で、報告、連絡、相談——— これもして貰えたら、必要な時に手も貸せるから、ありがたいな」
エドも横からうなずいた。
「ハルのやりたいことを止めようとしてるわけじゃないんだ。
みんなで支え合うために、ちゃんと知らせてほしいんだよ!頼んだぞ!」
ハルは、手の中にある色とりどりの魔石たちを見つめ、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
心配をかけたくないのは勿論だけど、心配ばかりじゃなく、頼ってもらえる自分でいたい。
そう思いハルは、小さく拳を握った。
(これからは……素材と一緒に、ちゃんと、“安心”も届けよう)
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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