魔石の採取と帰還
翌朝。セーフティゾーンには、ライトストーンの柔らかな光がまだ揺れていた。
ふたりは朝食を軽く済ませると、昨日目を奪われた“魔石だまり”の壁へと向かう。
「うわ……やっぱり、何度見ても綺麗だね」
ハルがぽつりと呟く。岩肌には、まるで宝石箱をひっくり返したように、色とりどりの魔石が埋まっていた。大きさは拳の半分ほどで、壁のあちこちにぎゅっと詰まるように顔を覗かせている。
「よし、じゃあ……回収開始、だな」
リュカが軽く腕まくりし、採取用のピックを構えた。
ハルも、小さなピッケルを手に取り、魔石の根元を傷つけないよう慎重に角度を見極めながら、少しずつ掘り出していく。
小さな音とともに、最初の魔石が壁から外れると、ふたりは顔を見合わせて笑った。
「よし、いい調子!」
ガリ、コトン……と、岩壁から魔石をひとつ掘り出すたびに、ハルはポシェットへと追加していった。
「よし、このあたりで一区切りかな。結構いい感じで集まったよね」
「おう、やっぱりポシェットすげーな……見た目ぜんっぜん変わらねぇのに何個入ってんだよ……」
リュカがぽんと腰に手を当てて笑う。
ハルは手袋を外しながら、そっと深呼吸した。
「帰ったら、まずはギルドに報告しないとね。新しいルートを見つけたって、ちゃんと記録してもらわなきゃね!その後でドロップ品を選別しよう!」
「たしか……そういうときって、半年間の独占権がつくんだよな?」
「うん。もしくは、ドロップの10%の利益分配を選ぶか……どっちかだったはず」
ハルは昨日まとめた講義ノートを思い出しながら頷く。
リュカがにかっと笑い、拳を突き出してきた。
「でも俺たちが選ぶのはもちろん——」
「——半年の独占、でしょ」
ふたりの拳がコツンとぶつかり合う。
「二層にはどんなのがあるんだろうね。今度は罠があるかもしれないし、本格的な魔物とか……情報が何もないから、どれくらい危険かも分からないし……」
「わくわくしてきたな。でも、二層ってなると、俺らだけじゃちょっとキツイかもな」
「うん。誰か慣れてる人に同行してもらった方が安心かも……リュカ、知り合いにそういう人っていたりする?」
「うーん……俺、まだ冒険者の知り合いはほとんどいないんだよな。ハルは?」
「……うーん、僕も……POTENのみんなは非戦闘職だし……さすがに、連れていけないよね」
視線を交わし、ふたり同時に肩をすくめた。
「……じゃ、ギルドで聞いてみるか」
「うん。受付の人なら、いい人紹介してくれるかもしれないしね!」
そう言って、ふたりは最後の魔石を収めると、帰還陣の前に立った。
静かに足を踏み入れたその瞬間——光が優しくふたりを包み込み、忘れ谷の深部から、ふたたび地上へと還っていった。
帰り道は、行きよりもずっと短く感じた。
「二層って、やっぱり階層が深くなる分、出現する魔物の種類も増えるのかな……」
「可能性はあるよな。でも、あのガラクタみたいな奴らよりは、強そうな気がする」
「でも、きっと“機械系”ってところは変わらないかもね。あと、謎解きの仕掛けとかも……一層にもあったくらいだし」
「だな。だったら、そういうのに対応できるように準備してから挑んだほうがいいな。道具とか、魔法の使い方とかさ」
「うん。今回はたまたま弱点が分かったけど、次は通用しないかもしれないし……でも、新しい素材が見つかるかもって思うと……やっぱり楽しみだね」
そんなふうに、次の冒険に胸を躍らせながら話しているうちに、あっという間に城下町の門が見えてきた。
午後の陽光が町をやわらかく照らし、活気ある通りを行き交う人々の声が、ふたりを日常へと引き戻してくれる。
「じゃあ、まずはギルドに報告だな」
「うん。ゆっくり休みたいところまけど、報告はちゃんとしないとね」
ふたりはまっすぐに、冒険者ギルドの建物へと歩を進めていった。
その背中には、ダンジョン探索を終えたばかりの冒険者らしい、少しだけ誇らしげな空気が漂っていた。
冒険者ギルドに入ると、昼下がりのロビーには数組の冒険者たちが受付を囲んでいた。ハルとリュカは慣れた足取りで、カウンターの一角へ向かう。
「こんにちは。忘れ谷から戻ってきました!」
ハルが元気よく受付に声をかけると、カウンターの奥にいた受付の女性が顔を上げ、にこっと笑った。
「おかえりなさい。……どうだった?魔石、無事に採れた?」
「はい!色とりどりの、綺麗なやつがたくさん!それに……実は、ちょっとした“発見”もあって……」
ハルが答えると、隣でリュカも頷きながら「俺たち結構頑張ったよな!」なんて笑っている。
「でも……ひとりじゃ無理でした。本当に、パーティーを組むようにアドバイスしてくださって、ありがとうございました」
そう真面目な表情で頭を下げるハルに、女性は「ふふっ」と小さく笑って、カウンターの書類をそっと脇に寄せた。
「それで……? その“発見”っていうの、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
ハルは小さく頷き、少し緊張した面持ちで話し始めた。
「はい。忘れ谷の奥に、隠された副ルートのような場所を見つけたんです。内部は遺構のようになっていて……おそらく、何階層にもなっている構造だと思います」
女性の表情がすっと引き締まる。
「……それは、ここで話す内容じゃないわね。少し待ってて。部屋を取ってくるわ」
そう言って、彼女はすっと立ち上がり、奥のカウンターへと向かった。
「あ……なんか、緊張してきた……」
ハルがぽつりとつぶやくと、隣のリュカがにやりと笑った。
「まあな。でも、発見者ってのは、こういう時に一番胸を張っていい立場だぜ?」
「う、うん……がんばる」
ほどなくして女性が戻ってきて、穏やかな声で告げた。
「話を聞かせてもらえる部屋、用意できたわ。こちらへどうぞ」
ふたりは頷き合い、案内に従ってギルドの奥へと進んでいった。
新しい発見と、少しの緊張と——その足取りは、少しだけ背筋を伸ばしたように見えた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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