冒険者ギルドと依頼の受注
4月11日2回目の投稿です
その日、冒険者ギルドの受付前には、学院の制服を着た子たちがずらりと並んでいた。
今日は、十歳を迎えた学院生たちがそれぞれの進路を決めて歩き出す日。
僕もその中のひとりとして、この列に並んでいる。
冒険者になりたいって決めたときは、少しだけ不安もあったけど……
今はポシェットも一緒だし、なにより、“拾い物”をもっと極めたいって気持ちの方が大きい。
順番が近づくにつれて、前の子たちが一人ずつ、「鑑定結晶」と呼ばれる大きな魔導具の前に進んでいく。
透明な水晶のような装置に、両手をそっとかざすだけで、その人が持つ属性や適性が光と文字で浮かび上がる。
それを見たギルドの職員さんが、魔導用紙に結果を書き写してくれる仕組みだ。
前の子は、背の高い、しっかりした男の子。
両手をかざすと、金色と赤の光が交互に輝いた。
「おお、光属性と火属性。戦士適性も高いな。将来が楽しみだ」
ギルドの人の声に、周りから小さく感嘆の声が上がる。
本人は照れくさそうに笑って、一礼してから列を離れていった。
その次は、小柄だけど目の鋭い女の子。
彼女の手のひらからは、濃い紫と水色の光がふわりと立ち上がる。
「闇と水か……魔法系だな。精密魔法と召喚適性あり」
ギルドの職員が頷きながら書き込んでいく。
女の子は無言のまま去っていったけど、まわりの子が「すご……」と小声でつぶやいていた。
さらにその後に呼ばれたのは、そばかすのある元気そうな男の子。
「おっ、罠師適性。器用だな。レンジャー寄りの適性が強いね。探索系に向いてる」
彼は「あ、やったー!」と声を上げ、ぴょんと跳ねながら戻っていった。
少し変わった適性でも、喜んでる姿がちょっと羨ましかった。
もう一人、ほわっとした雰囲気の子が鑑定に向かうと、ほんのりとした土と木の光が浮かんだ。
「お、工芸師と調合士か。職人ルートまっしぐらって感じだな。冒険者になるかはまたじっくり考えたらいい」
その子は「やっぱりね~」と笑っていた。
もしかしたら薄々自分の適性が、わかっていたのかもしれない。
(みんな、それぞれに“自分だけの光”を持ってるんだ)
「次、ハルくん」
名前を呼ばれて、少し緊張しながら前に出る。ポシェットの紐をぎゅっと握りしめて、鑑定結晶の前に立った。
(大丈夫。僕は僕のやれることをやるだけ)
深呼吸して、そっと両手をかざす。
……ふわっ。
結晶の中に、やわらかな風のような緑と白の光が広がった。
続いて、小さな星のような粒がいくつか浮かび上がる。
「……風属性、最大ランク。素材探求適性も高い。……お、テイマー資質と、光属性もあるのか。ヒール系の芽もあるかもね」
ギルドの職員が、少し驚いたような顔で言った。
結晶の中に浮かんだ表示を、僕もそっと見上げる。
⸻
【ハル】
・風属性 ★★★★★(MAX)
・素材探求適性 ★★★★☆
・光属性(ヒール資質) ★☆☆☆☆
・テイマー資質 ★☆☆☆☆
⸻
キラキラと光る結晶の中で、風がくるくると渦を巻いていた。
表示された「素材探求適性」の文字に、思わず息を呑んだ。
そして、風属性が最大値で表示されているのを見て、さらに驚く。
一回目の人生では、たしかに風魔法が少し使えるくらいだった。けれど、こんなふうに“適性MAX”だなんて言われたことはなかった。
ましてや、「素材探求」なんて適性は、この時点では存在すらしていなかったはずだ。
派手な結果じゃないし、注目されるような適性でもないかもしれない。
でも──素材探しに必要な力が、ちゃんと前より強くなっていて。
「君は、素材探しに向いているよ」って、そっと背中を押してもらえたような気がして。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
ギルドの職員さんがにっこりと笑って、言った。
「いい適性だ。素材屋や職人工房との相性も抜群だぞ。期待してるよ、ハルくん」
「……はいっ!」
声が少し裏返ってしまったけど、ちゃんと返事ができた。
鑑定が終わると、奥の方から、年配の男性が歩いてきた。
短く刈られた白髪に、整った軍服のような制服。ピシッと背筋の伸びた姿は、どこか教官のような雰囲気をまとっている。
「ハル、登録完了だな。冒険者証を発行するぞ」
「は、はいっ!」
少し緊張しながら返事をすると、彼は無言でカードのようなものを差し出してきた。
「これは“冒険者証”。ギルドに所属する者としての身分証明であり、通帳としても使える魔導具だ。魔力を通すことで持ち主が確定され、以後は本人しか使えないようになる」
手渡されたのは、小さくて薄い金属の板のようなカードだった。
表面には名前や登録番号、ギルドマークが細かく彫り込まれている。
「このカードを使えば、ギルドでの依頼報酬の受け取り、素材の鑑定や売却、買い物などが可能になる。金銭のやり取りは、すべてこのカードを通じて行うことになるから、大事に扱えよ」
「わ、わかりました……!」
すごい……なんだか、本当に“冒険者になった”って感じがしてきた。
「魔力を流して、登録を完了させろ。少し集中すれば、自然とお前の魔力が馴染むはずだ」
言われた通りに、カードを両手で包み込むように持って、そっと魔力を込める。
風がふわっと流れるような感覚とともに、カードの表面が淡く光った。
(……入った、かな?)
カードの中央に、小さな風の紋が浮かび上がっていた。
それはきっと、僕の属性が刻まれた“証”だった。
「よし、問題ない。そのカードは、この国のどの冒険者ギルドでも共通して使える。町でも、城下町でも、地方の小さなギルドでもな」
「ありがとうございます!」
自然と、声が弾んでいた。
教官のようなその男性は、全員の登録が終わったのを確認すると、一歩前に出て、静かに口を開いた。
「これで全員、冒険者登録は完了だ」
少し間を置いてから、落ち着いた声で続ける。
「これから先は、それぞれ自由に動いていい。すぐに依頼を受けてもいいし、武器や防具の説明を聞きたい者は、備え付けの窓口で案内を受けるといい」
周囲がざわ……と少し騒がしくなる。
「また、登録から一年のあいだは、ギルド内で“基礎技能講座”を受けることもできる。戦闘、魔法、サバイバル術、素材の扱いなど……必要に応じて、自分で選んで習うといいだろう。申し込みは、後日でも構わん」
言い終えると、教官はゆっくりと全員を見渡し、最後にひとことだけ告げた。
「冒険者としての人生は、今日から始まる。……まずは、死なないこと。それが一番大事だ。無理はするな。地に足をつけて、自分の歩幅で進め」
その言葉を胸に刻みながら、僕たちは静かに解散した。
ギルドのホールに設置された掲示板の前には、学院から来た同世代の子たちが集まっていた。
「うわ、この依頼、素材三種類だって! 難しそう~」
「でも報酬高いよ? いっしょにやってみる?」
そんな声が飛び交うなか、ハルも仲の良いクラスメイトたちと肩を並べて、掲示板を見つめていた。
「ハルは、どれ気になってるんだ?」
隣から声をかけてきたのは、学院の親友・リュカ。
明るい栗色のくせ毛がぴょこんと跳ねて、目はいつも通りきらきらしている。
考えるより先に動くタイプで、ちょっとお調子者だけど――その勢いに、ハルは何度も助けられてきた。
「うーん……素材採取系かな。はじめは、あんまり危なくなさそうなやつにしようかなって思ってて」
ぽん、とリュカが軽く背中を押してくる。
「Fランクの依頼でも、意外と面白そうなの多いよな。あっちに、依頼がまとまってるファイルがあるらしいぜ。一緒に見にいこう!」
「うん、行こう!」
自然と足取りが軽くなる。
掲示板の近くには、依頼内容がまとめられた分厚いファイルがいくつも置かれていて、自由に閲覧できるようになっていた。
「おっ、これだな。依頼ファイル。なかなかボリュームあるな……!」
「うわっ、ページめっちゃある!全部見てたら日が暮れそう……!」
二人でファイルを開くと、ページいっぱいに手書きの依頼書が並んでいた。ひとつひとつ、丁寧な文字や挿絵も添えられていて、思ったより見ごたえがある。
「見てこれ!『迷宮きのこの採取』……初心者向け迷宮の第3層までって書いてあるけど、落とし穴注意だって」
「うーん、ダンジョンかあ……面白そうだけど、まだダンジョンに行くのは不安かも」
「じゃあこれは?『村の井戸の魔石フィルター掃除』。汚れ仕事って感じだけど、安定してそうじゃない?」
「地味だけど、必要とされてる感じはするよね……あ、この『光苔の採取』も気になる。写真ついてて場所わかりやすそう」
ページをめくる手が止まった。
「……お、これよさそう!『森の中の獣道警備』。弱い魔物が出るかもって書いてあるけど、警備系なら俺にもできそう!」
「え、戦う系いくの?さすがだなぁ……」
「ま、軽く身体も動かしたいしな!ハルはどうする?」
「うーん……僕はこれにしようかな、『魔導スライムの分泌液回収』ってやつ。倒さなくていいし、素材もちゃんと集められるし……」
「おお、そっちも面白そうじゃん!ちゃんと素材の説明も書いてあるし、魔導スライムって見た目かわいいらしいぞ?」
「そうなの?なんか、ちょっと楽しみになってきたかも……!」
二人で笑い合いながら、依頼をそれぞれの手に取る。
不安よりも、わくわくが少しだけ勝った瞬間だった。
依頼書を手にしたまま、ハルとリュカは受付カウンターへ向かった。
受付の女性が、にこやかに微笑みながら声をかけてくれる。
「こんにちは。初めてのご依頼ですね? 依頼書をお預かりしますね」
ハルは少し緊張しながらも、しっかりと『魔導スライムの分泌液回収』の依頼書を差し出した。隣では、リュカが『森の中の獣道警備』を掲げている。
「それでは、こちらに魔導スタンプを押していただけますか? このスタンプが“依頼受注”の証になります。完了時にも押印が必要ですので、依頼書はなくさないようにお願いしますね」
ハルはうなずいて、カウンターに用意されたスタンプを手に取った。
軽く魔力を流すと、スタンプの魔方陣がうっすらと光る。
スタンプが押された瞬間、依頼書の右上に「受注中」と記された小さな紋章が浮かび上がる。リュカも隣で、同じようにスタンプを押していた。
「依頼の詳細でご不明な点があれば、このカウンターでいつでもお尋ねくださいね。依頼を達成されたあとは、“魔導スタンプ”を押していただければ完了となります」
「はい!」
二人そろって元気に答えると、受付の人はにっこりと笑ってくれた。
「それでは、お気をつけて行ってらっしゃい。初めての依頼、応援してますよ」
ハルと友達は顔を見合わせて、ふっと笑う。
「……じゃあ、がんばろう!」
「おう、いい報告できるようにしような!」
それぞれの依頼書を大事にしまって、ハルたちはギルドの扉を押し開けた。
まだ見ぬ素材と出会うために。
それぞれの“最初の冒険”へ、一歩を踏み出した。
本日は、時間を少しずつずらしながら、三つのお話を投稿させていただきます。
もしよろしければ、ブックマークして読みに来ていただけると嬉しいです。
この物語は、いくつかの物語と世界観を共有していますが、本作単体でもお楽しみいただけます。
どの物語から読んでも問題なく楽しめますが、全て読むと、より深く世界のつながりを感じられるかもしれません。
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
https://ncode.syosetu.com/n3980kc/
⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
https://ncode.syosetu.com/N4259KI/