機械仕掛けのモンスター
ふたりは、再び顔を見合わせて頷き、静かに、その古びた扉の中へと足を踏み入れた。
内部は、外の湿った谷とはまた違った空気が流れていた。ひんやりとした風が足元をすり抜け、かすかに機械が動いたような音が遠くから聞こえてくる。壁は古びた石と金属でできており、ところどころパイプのようなものが剥き出しになっていた。
「……ここ、やっぱり昔の鉱山施設の一部だったんだね」
天井の岩肌に埋め込まれたライトストーンのかけらたちが、淡い光を放ちながら瞬いている。その光はまるで星空のようで、洞窟内をやさしく照らし出していた。おかげで手元のライトを使う必要はほとんどなく、光と影が入り混じる幻想的な空間が広がっている。
「自然のまま、こんなに綺麗に……」
ハルは見惚れながらも、一歩進むと壁際の石の隙間に目をやった。そこに、きらりと別の光が瞬いた。
「これ……魔石のカケラだ」
青や緑、淡い紫、時折赤や金色まで——小さな魔石のかけらが、岩の隙間や地面の砂利の中からひょっこりと顔を出していた。それぞれの色合いはどれも違っていて、まるで宝石箱を覗いているような気分になる。
「全部は無理だから……必要なぶんだけ、慎重に……」
そう呟きながら、ハルは道具を取り出した。小さなピッケルで壁の隙間を少しずつ崩し、ピンセットで魔石のカケラを傷つけないよう丁寧に回収していく。
リュカはその間、周囲に目を配りながらも「これ、すっごく綺麗だな!」と目を輝かせ、時折見つけたカケラをハルに手渡してくれた。
魔石のほかにも、壁の隙間には、古代の鉱山で掘り出されたと思しき鉱石がいくつか埋まっていた。銀白色に輝くもの、赤錆色の粒を持つもの、重そうな黒い塊——
「鉄鉱石はわかるけど……他のは、なんの金属なんだろう?」
価値があるのか、どれが貴重なのか、今のハルにはまだ判断がつかない。けれどだからこそ——もっと素材の勉強をしていきたいと、強く思った。
わずかに砕けていたものや、簡単に取れそうな小さなかけらだけを選び、傷つけないようにそっとピンセットで回収する。ひとつひとつ大切に扱いながら、なるべく多くの種類を採集して、ハルはそれらをポシェットへと収めていった。
「夢中になりすぎんなよー!モンスター出てこないとは限んねぇからな!」
「うん、大丈夫。ちゃんと警戒しながらやってるから」
そんなやり取りを交わしながら、ふたりは慎重に探索を続けていく。
周囲を見張っていたリュカが、ふと壁際の突き出した金属板のようなものに目を留めた。
「……なあ、ハル。これ、スイッチじゃねぇか?」
彼が指さしたのは、壁の一部に埋め込まれた不自然な出っ張り。周囲と違って少しだけ磨かれているように見え、表面にはかすかに魔法陣のような模様が刻まれている。
「うわ、本当だ……!でも、どうする?押すのってちょっと……」
ハルが警戒をにじませながら言うと、リュカはニッと笑った。
「こういうの、迷ってたら先に進めないぜ?だって俺たち、もう冒険者なんだろ?」
「……うん、でも……!」
「大丈夫だって!危なかったら逃げりゃいいんだし!」
そう言って、ためらいなく手を伸ばし、魔力を流し込む。魔法陣が淡く輝き始め、その光がスイッチ全体に走ると、カチリと音を立てて内部で何かが動いた。
ごぉぉん……と、低く重たい音がダンジョンの奥から響き渡った。
「えっ、今……即魔力流しちゃう感じ!?」
驚くハルの声に、リュカはちょっと得意げに笑って見せた。
がこんっ……!
低く重たい音とともに、すぐ近くの重厚な扉が、左右にゆっくりと開いていく。風が抜けるように空気が流れ込み、古びた空間の向こうに、新たな部屋が姿を現した。
「……開いた、けど……なんか、ちょっと不穏じゃない?」
ハルが慎重に覗き込むと、その先には、無機質な金属の床と壁が広がっていた。部屋の中央には円形のくぼみがあり、まるで何かを“配置する”ための舞台のようにも見える。そして――その周囲には、うずくまるようにして並んでいる影がいくつもあった。
「……え、あれって……動くやつ?」
リュカが目を細めて言った、その直後。
ピ、ピ――。
電子音のような高音が空間を貫き、円形の舞台がほんのわずかに浮き上がった。
それと同時に、周囲の影――金属の板と魔導核の組み合わせで構成された、“機械仕掛けの魔物”たちが、カシャン、と関節を鳴らしながら一斉に頭を持ち上げた。
十体。どれも同じような構造を持ち、赤く光る目をこちらに向けてくる。
「うわ、やっぱり……完全に戦闘モードじゃん……!」
その言葉を最後に、金属の魔物たちが一斉に起動音を響かせ、ギィィ、と腕を持ち上げて前進を開始する。赤い目がぎらりと輝き、足元の床に重たい金属音が鳴り響いた。
「くるぞ、ハル!」
「う、うんっ!」
咄嗟にハルは距離をとり、風の流れを感じ取って魔力を集中させる。
「エアスラッシュ!」
鋭く風を切る一閃が、最前の魔物を斬り裂く——はずだった。だが、刃のような風が金属の表面にぶつかると、ギンッ!と甲高い音を立てて、かすり傷程度しか残さず弾かれてしまう。
「……硬っ!」
一方リュカは、剣を抜いて真正面から斬りかかる。
「フレイムエッジ!」
剣が炎に包まれ、機械の肩を叩き切る。しかし、火花が散るだけでダメージは浅い。
「くそっ、どこを斬っても効きが悪い……!」
それでもリュカは怯まず、ハルの前に盾のように立ち塞がった。
「ハル、下がってろ!俺が前に出る!」
「うん、ありがとう……!じゃあ僕は、弱点がないか観察してみる!」
ハルはリュカの背後で息を整えながら、敵の動きをじっと見つめる。金属の腕の関節、脚の接続部、動くたびに軋むような音がするその継ぎ目。
(……関節……! 装甲は硬いけど、つなぎ目はむき出しになってる……あそこなら!)
「——試してみる!」
魔力を集中させ、風の刃を関節へと狙い定めて放つ。
「エアスラッシュ!」
風が走り、機械の肩と胴体の接合部を切り裂く。その瞬間、ガコンと音を立てて腕が外れ、機体がバランスを崩して崩れ落ちた。
「やった……!」
「ハル、今のって——!」
「関節だよ!つなぎ目が弱点になってる!そこを狙えば倒せる!」
「了解っ!任せろ!」
二人は目を合わせ、再び戦いに身を投じる。
リュカは大胆に斬り込んで敵の注意を引きつけ、ハルは風の刃で的確に関節を撃ち抜いていく。
数の多さに苦戦しながらも、動きを止めた敵を互いにフォローし合いながら攻撃し、着実に数を減らしていく。
リュカの腕に傷が走り、ハルの服も少し焦げていた。だが、その目は決して怯えていない。
「あと、二体!」
「いっけぇぇ——っ!」
風と炎が交差するように走り、最後の機体が大きく崩れ落ちた。
静寂が戻り、二人はその場に肩で息をつきながら、微笑み合った。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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