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いざダンジョン内部へ

 そして——ついに、ダンジョンに挑む日がやってきた。


 朝の空気はまだひんやりとしていたが、どこか清々しい緊張感が漂っていた。ハルは軽やかな足取りで、城下町の東門へと向かう。


 門の近くでは、すでにリュカが待っていた。背中には、昨日ふたりで選んだ小さめのリュックがきちんと背負われている。


 「おっはよー、ハル! 今日もいい冒険日和だな!」


 「おはよう、リュカ!」


 軽く挨拶を交わし、ふたりは歩き出す。


 目指すは、ダンジョン《忘れ谷》。城下町から徒歩で約二時間の距離にある、小さな谷の奥地だ。魔導列車が通っていれば楽だったのだが、残念ながらこのルートには魔導線路がなく、完全に徒歩での移動となる。


 けれど——ふたりの足取りは軽く、空は青く澄んでいた。


 朝露を含んだ草を踏みしめながら、ふたりはのんびりと道を進んだ。街道の脇には色づいた木々が並び、鳥たちのさえずりが時折風に乗って届いてくる。


 「なぁ、ハル。あの“魔石溜まり”って、どんなのなんだろうな?」


 リュカがぽんぽんと足元の小石を蹴りながら、楽しそうに聞いてくる。


 「うーん……ちゃんとした資料はなかったけど、風で集まるように魔力が偏ってる場所、みたいなことが書いてあったよ。何種類かの魔石がまとまって見つかることもあるんだって」


 「へえ、夢あるなぁ。オレもレアな魔石見つけたら、鍛冶屋の親父に自慢してやろ」


 リュカはふふんと胸を張るが、すぐに「……いや、鍛冶屋なら見たことあるか」と照れたように笑った。


 ハルもくすっと笑いながら、ポシェットを撫でた。


 「でも、素材を見極める目って、ほんと職人技だよね。ガウスさんの顔、今でもちょっと緊張するもん……」


 ふたりの間に、くすくすと小さな笑いが広がる。


 そうして話しているうちに、周囲の風景がだんだんと変わり始める。木々が低くなり、地面が柔らかく、湿り気を帯びてきた。


 「……もうすぐだな」


 リュカの言葉に、ハルは深くうなずいた。


  道の先には、霧がうっすらとかかる谷が広がっていた。かつての魔導鉱山、そして今は忘れ去られたように静まり返る迷宮ダンジョン——忘れわすれだに


 その入口には、かつて鉱山として栄えていた時代の名残——崩れかけた石の門柱が、ひっそりと立っていた。


 今ではもうほとんど人の通らないその門柱には、ほんのりと魔力の痕跡が残っており、近づいた冒険者を感知すると、ごく淡く、古い魔法陣の光を放つ。


 それが、ダンジョンの“ゲート”——領域の境界を示す“印”である。


 ダンジョンには、こうして遺構が変化してゲートとなる場合もあれば、何の前触れもなく、突如としてゲートが現れるタイプもある。

 その外見は様々でも、“内と外”を分かつ結界の役割を果たしており、この境界を越えた時、冒険者は名実ともに“ダンジョン探索者”となる。


 ハルはポシェットをそっと撫で、隣のリュカと顔を見合わせた。


 「よし、行こう!」


 ふたりは並んで、谷の入口へと一歩を踏み出した。


 ゲートを超えた瞬間、空気が変わった。


 草木に紛れていた魔力の気配が、境界を越えた途端、ぐっと濃くなる。風の音は少しだけ遠くなり、まるで時間の流れが、外とは少し違っているような感覚すらあった。


 「……ここが、ダンジョンの中……」


 ハルはそっと息を吸い込み、辺りを見渡す。

 足元には苔むした石と、崩れたレールのような鉄の破片。壁のようにそびえる岩肌のあちこちには、ほんのりと光る鉱石の結晶が顔を覗かせている。


 「なあ、あれって……もしかして魔石のかけらか?」

 リュカが指さしたのは、少し先の岩のくぼみにあった、きらりと青く輝く欠片。


 「うん、たぶんそう! ああいうのを“風化した魔石のかけら”って呼ぶんだって。忘れ谷ではよく見つかるらしいよ」


 ふたりはそっと近づき、足音を立てないようにしゃがみこむ。

 ハルが取り出したのは、事前に用意した採取用のピックと小袋。そして、表面だけ見えている小さな石のような魔石のかけらを、慎重に削り出していく。


 「……取れた!」

 嬉しそうに手のひらに乗せた魔石を見るハルに、リュカがにかっと笑う。


 手のひらに乗るのは、3センチにも満たない小さな魔石のかけら。

 一般的には、魔力の蓄積量も少ないため、価値のない“クズ魔石”として扱われがちだ。

 けれど今回作る“お守り袋”には、この控えめなサイズ感がむしろぴったりだった。


 「よし、この調子で集めまくるぞーっ!」


 忘れ谷には、小さなかけらではあるものの、色とりどりの魔石が埋まっていた。

 赤、青、黄、緑——そのひとつひとつが宝石のように淡く輝いていて、湿った岩肌の中から削り出されるたび、ふたりの瞳がきらりと輝いた。


 「うわっ、今の、ちょっと虹色っぽくなかった?」

 「ほんとだ! キラキラしてて……これ、ツムギお姉ちゃん、絶対喜ぶよね!」


 ハルは夢中になって、小さなピッケルで丁寧に削り出していく。

 リュカも、いつもは戦闘や鍛錬の方が得意なはずなのに、なぜかこの時ばかりは真剣な顔で、隣で一緒に手を動かしてくれていた。


 (なんだか……楽しいな)


 そんなふうに思いながら、ハルは、ふとひとつの“かけら”に目を留めた。

 他のものとは、明らかに違う。色味も形も不規則で、何かが混ざったように濁った光を放っている。


 「……これは、なんだろう」


 興味を惹かれるまま、ハルは手元の道具でそっとそのかけらを削り出そうとした。


 ——カチリ。


 何かの仕掛けが、わずかに動いたような音がした。

 思わず手を止め、リュカと顔を見合わせる。


 「今の……聞こえた?」

 「うん、下の方から……だったよね?」


 そして次の瞬間。


 風が、ふっと止んだ。

 足元の地面が、静かに震える。


 谷の奥、少し離れた岩壁の一部が、まるで長い眠りから目覚めたように、ぎぎ、と音を立ててわずかに開いていく。

 湿った風と共に現れたのは、石と魔導金属が組み合わされた、古びた“扉”だった。


 「……隠し通路……?」


 リュカが思わずつぶやく。

 ふたりはそっと立ち上がり、慎重にその場所へと歩み寄った。


 苔に覆われた扉の上部には、うっすらと古い魔法陣の刻印が浮かび上がっていた。

 それは、ダンジョンの深部へ続く“裏ルート”なのかもしれない。


 「……どうする? 入ってみる?」

 リュカの問いに、ハルは少しだけ考えて——


 「……ちょっとだけ、中を見てみよう。魔石がたくさんあるかもしれないし、危なそうならすぐ戻ればいいから」


 そっとポシェットに触れ、身支度を確認する。

 リュカも、腰の剣に手をかけながら、にやりと笑った。


 「よし、じゃあ——ちょっとした探検だな!」


 ふたりは、再び顔を見合わせて頷き、静かに、その古びた扉の中へと足を踏み入れた。

明日も23時時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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