守り石とカイルの決断
健太の前に、ハルが一歩進み出る。
ポシェットをごそごそと探り、掌にそっと乗せたのは――淡い琥珀色の光を宿す小さな石だった。
「これなんです」
ハルは胸を張って言った。
「ここのダンジョンで手に入れて……少し細工したものなんです。
過去に行ったり戻ったりする時も、これを使いました」
淡い光が、健太の顔に映る。
「……願いの石?」
彼は石に視線を吸い寄せられるように、そっと手を伸ばす。
「私はダンジョンマスターの特典で、
このダンジョン内のアイテムなら“鑑定”ができるんです」
説明しながら、指先で石に触れる。
次の瞬間、健太の目が驚きに大きく開いた。
「……確かに、これは願いの石です。
でも……一部“改竄”と出ている。この魔法陣みたいな模様のせいかな?」
さらに石をじっくり眺め――声が震えた。
「す、すごい……! 品質が良くなってる……!
願いの石を手に入れても、細工をしなきゃ帰れないと思ってたけど……
こんな手の加え方があったなんて……」
ぶつぶつと呟きながらも、頬がじわっと明るくなっていく。
やがて顔を上げると、嬉しさを隠しきれない声で言った。
「……この石です!
みなさんが――手に入れてくれてたんですね!」
その瞬間、ハルの緊張がふっとほどける。
「おお、あれか!」
アオミネが指を鳴らした。
「三階層で拾った謎の石だ。あれはなかなか骨が折れたな」
クロも腕を組んでうんうんと頷く。
「うむ。あの試練……思い返しても手応えがあったでござる」
ハルは嬉しそうに笑った。
「そうなんです!その謎の石を
父さんとバルドさんが一緒に細工してくれて……」
「ハル、お前も頑張ってただろう」
カイルが優しく言う。
「全部俺達だけの手柄みたいに言うなよ」
「えへへ……僕は難しいとこ全然できなかったけどね」
ハルは照れながら石を見つめ、言葉を続ける。
「この石がキーになっていて……いろいろあって……
守り石はもう三つ使っちゃったから、残りは一個だけなんですけど……」
言いながら、ちらりとカイルを見上げる。
本来は――カイルを元の世界へ戻すためのものだった。
ハルの気持ちを察したのか、健太は柔らかく微笑んだ。
「……そういうことでしたら、私は大丈夫です」
迷いのない声だった。
「この世界にも、いい人がいて。
普通に暮らしてる人がいて……今日、よくわかりました。
だったら……私も、この世界を楽しみますよ」
光の粒が、願いの石の中でゆらりと揺れた。
その淡い輝きを見つめながら、カイルが静かに口を開く。
「いや——この願いの石は、健太さんに使ってもらおうと思ってます」
凜とした声だった。
誰もが息をのむほどに、迷いがなかった。
健太が驚いたように瞬きをする。
「それでは……あなたが元の時代に帰れなくなってしまう。そんなの、いけません」
必死の声。
けれど、カイルは穏やかに首を振った。
「だいじょうぶですよ」
そう言うと、ゆっくり仲間たちの方へ視線を巡らせる。
ロザ、サイル、アオミネ、クロ、リュカ——
そして、最後に隣のハル。
ハルはもう理由をどうこう言わなかった。
ただまっすぐ目で返し、微笑んで、そっと頷いた。
カイルも、同じ笑みを返す。
「……俺の大事なもんは、全部ここにあるから。帰る必要なんてないんだ」
その言葉には、驚きも、寂しさも、未練もなかった。
ただ、選び抜いた者だけの静かな強さがあった。
「そもそもな——」とカイルは続ける。
「たとえ元の時間に戻れたって、町を離れるつもりだったんだ。
俺がそばにいなかったから……ハルはここまで強くなれたんだよ」
ハルの目が、わずかに揺れた。
その揺れを、カイルは優しく受け止めるように微笑んだ。
「だから、もう十分だ。
チビハルはもう、俺が守らなくても進めるくらい、立派になるって分かってるから」
胸の奥が熱くなる。
誰も言葉を挟めないまま、ただ静かにその決意を受け止めていた。
最初に口を開いたのはロザだった。
「……そうね。カイルがそう決めたのなら、私としてはその気持ちを尊重したいわ」
そして、にこりと笑う。
「チビハルくんのことは、きっと“過去の私たち”がどうにかしてくれるはずよ?」
軽く冗談めかしたその言い方に、アオミネ、クロ、サイルがそろってうなずく。
「まあ、そういうこったな」
アオミネが腕を組んだまま苦笑し、
「うむ。過去の我らが何とかするでござる」
クロは胸を張って跳ね、
「過去の私が至らなければ……いえ、至らせます」
サイルは真面目な顔で静かに付け足す。
そしてリュカが、隣のハルを見ながら小さく笑った。
「過去の俺も、今の俺も……きっとハルのそばにいるだろ。大丈夫だよ」
ハルも、嬉しそうに何度も頷く。
そんな温かいやり取りを前にして、健太は胸に手を当て、まるで夢を見ているような表情でつぶやいた。
「……本当に、いいんでしょうか?」
その問いに、全員がそろって「うんうん」と大きく頷いた。
その瞬間、健太の顔にふわっと明るい光がさした。
曇っていた心の底に、ぱあっと一気に温かさが広がったように。
「……ありがとうございます。本当に……なにか……なにかお礼を……!」
彼は慌てて立ち上がり、どこか嬉しそうな響きで言った。
「ウィンドウ・オープン!」
健太が小さく声を発すると、
——彼の目だけが、何か見えない画面を追うように動き始めた。
「ええと……えっと……この辺に……何か、役に立つものが……!」
慣れた手つきで操作する健太を、
みんなはどこか微笑ましげに、やさしい気配で見守っていた。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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