ダンジョンへのお誘い
翌朝、学院の中庭はいつも通りのにぎやかさで、春風のようなざわめきがそこかしこに広がっていた。
ハルは、登校途中からずっと考えていた言葉を胸に抱えながら、中庭のベンチにいたリュカのもとへと足を向けた。
声をかけると、リュカは振り返り、いつものように明るい笑顔で手を振ってきた。
少しだけ深呼吸をしてから、ハルは事情を話した。
POTENで受けた依頼のこと。魔石を集めなければいけないこと。そして——初めてのダンジョン探索に行くこと。
「それで……もしよかったら、一緒に来てくれないかな?」
言い終えた瞬間、リュカの顔がぱっと輝いた。
「……なにそれ、もっと早くいえよ!ダンジョンも一緒に選びたかったよー」
リュカは勢いよく立ち上がって、にかっと笑う。
「ハルが頼み事してくれるなんて、初めてのことだな。すごく嬉しい!……一緒に行くさ、当たり前だろ?」
そして、にやりと親指を立てながら続けた。
「ツムギさんのために頑張るってんなら、俺も本気出すよ!」
——ああ、やっぱり君は、前の人生でも今の人生でも、変わらず頼りになる“親友”なんだな。
その日の授業が終わると、リュカは教室のドアを開けながら、にっこりと笑って言った。
「この後二人で、作戦会議しようぜ!ギルドで色々確認もしたいし、準備もあるだろ?」
「うん、ありがとう。助かるよ」
放課後の陽射しが斜めに差し込む道を、二人は並んで歩いていく。
リュカはいつも通り明るく、ハルの知らなかったダンジョン用の食料の話や、携帯用の火打ち石の使い方なんかを楽しそうに話していた。
ハルはそれを聞きながら、真面目に答えたり、くすくす笑ったりする。
そうこうしていると、ギルドの建物が見えてきた。
よし!準備を整えよう!
ギルドの受付で、ダンジョン申請用紙を提出したハルとリュカは、しばらくして呼ばれ、カウンターの端に案内された。
対応してくれたのは、前回ハルに“パーティーを組むこと”を勧めてくれた、落ち着いた雰囲気の女性職員だった。
「あら、あなただったのね。……ふふ、ちゃんとアドバイスを受け入れてくれたのね。素直なことは、冒険者としてとても大事なことよ」
にこっと微笑んでから、リュカの方に視線を移す。
「それに、あなたがリュカくんね。聞いてるわよ、新人冒険者の中でも頭ひとつ抜けて優秀だって。あなたが一緒なら、安心ね」
「えっ、あ、あはは……なんか照れるな……」
リュカが後頭部をかきながら苦笑すると、ハルは少し得意げに胸を張った。
「僕の、頼れる親友なんです!」
その言葉に、リュカがちょっと照れくさそうに笑って、「な、なんか改まって言われるとムズムズするなあ」とつぶやいた。
「ふふ。いい関係ね。それじゃあ準備に入るわよ」
職員は手元の書類を確認しながら、淡々と必要なものを読み上げていく。
「まず地図と方位磁針。忘れ谷は入り組んだ地形だから、これがないと簡単に迷うわ。採集用のツールセットも必須。ピック、ハンマー、ブラシ……必要ならレンタルできるから、持っていないなら申し出てね」
「はい、ありがとうございます!」
「次に、魔石を安全に運ぶための保存ポーチ。これは貸し出し用もあるけど、ハルくんは確か自前を持ってたわね?」
「はい!しずく苔も持っていきます!」
「よろしい。あと、ライトストーンを忘れずに。忘れ谷は場所によっては木々が茂って光が入らない場所もあるの。視界確保は重要よ」
ハルはうんうんと大きく頷き、職員はさらに指を折って続ける。
「食料と水は三日分以上、携帯ポーション、応急キット。簡易シェルターがあると夜間の休憩にも対応できるわ。天候が変わりやすいから、防水マントがあると安心ね。あと——」
カウンターの下から、小さな楕円形の通信機が取り出された。
「緊急時用の魔導通信機よ。貸出専用で、Dランクまでは無料で使えるわ。いざという時は迷わずこれで呼んで。ギルドに大まかな位置情報と簡単なメッセージを送れるようになってるからね」
「はい……ありがとうございます」
緊張と期待が入り混じる表情で受け取るハルに、職員は柔らかな口調で言葉を添えた。
「……ハルくん。あなたは頑張り屋さんだけど、背負いすぎちゃだめよ。準備も、判断も、共有も、冒険は“チーム”で動くもの。あなたが一人で全部抱えなくてもいいの」
「……はい」
その言葉が、まっすぐ心に届く。
リュカがにこっと笑って、「じゃあ、オレは食料と水、あと装備品まわりを準備する!おまえは道具系と保存用ポーチの方、お願いな!」とすぐに分担を決めてくれる。
「あ、うん!任せて!」
リュカのおかげで、なんだか肩の力がふっと抜けた。
「よしっ……!」
ハルはにこっと笑って、もう一度、手元の準備リストを見直した。
その後の二人の動きは目覚ましかった。必要なものをどんどん買い揃え、保存食、水筒、地図に方位磁針、応急処置セットまで、準備のために借りた冒険者ギルドの小部屋のテーブルの上には冒険の装備がぎっしりと並んだ。
「うーん……結構な量だな、これ。ハル、リュックとか買う?」
リュカが荷物の山を見ながら言うと、ハルは得意げに笑った。
「ううん。実はね、ちょっと実験してみたかったんだ」
そう言って、腰に下げていた小さなポシェットをぽん、と叩く。
「これ、どれだけ入るのか、ちょっと本気で試してみたくて……」
興味津々で見守るリュカの前で、ハルはひとつ、またひとつと荷物をポシェットの中に入れていく。
保存食、水筒、寝袋、包帯、ランタン、着替え——次々と吸い込まれていくその様子に、リュカの口がどんどん開いていく。
「え、まだ入るの……? 今ので何個目?」
「ええっと……十六個目、かな……」
ついに最後の魔導通信機を入れ終えた時、ハルは一瞬手を止めた。
「……全部、入った……」
ぽかんとしていると、ポシェットがふわりと淡く光を放ち、中から微かに光の粒が舞い上がる。そして、得意げに見せつけるように、淡いシルエットで中身のアイテムが浮かび上がってきた。
「……えっ、なにこれ。ハルのポシェットが進化し続けてるって話は聞いてたけど……すごすぎるだろう! ポシェット、やるなぁ……」
ハルがそっとポシェットを撫でると、「(どや〜っ)」とでも言いたげに、ポシェットがぷるんと小さく震えた。
ポシェットの中に、あっという間に全ての荷物が収まったことに、ふたりは驚きと感動を隠しきれなかった。
けれど——
いくらなんでも、全ての荷物をハル一人が持っているのは、いざという時に不便かもしれない。もしハルが倒れたら? 道中で別行動になったら? そう、二人で判断し、
結果、必要最低限のアイテムだけを小さめのリュックに詰め、そちらはリュカが持つことになった。
「よし。これで、いざってときにも安心だな」
リュカが肩にリュックをかけると、ハルはうん、と笑顔で頷いた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です/
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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