健太の物語
彼の話によれば、このダンジョンは“最初の設定”というものがあるらしい。
どんな行動がポイントになるのか。
弱い魔物を増やすか、強敵を育てるか。
冒険者をただ迷わせるのか、それとも討つのか。
まるで、管理者が“どう生きるか”を突きつけられるかのような不気味な選択だった。
ポイントは冒険者の滞在時間、討伐数、踏破した部屋の数……
そして、最も効率がいいのは“冒険者を倒すこと”。
だが——健太たちは、その選択は考えなかった。
仲間と笑いながら山を歩き、日本で平穏に暮らしていた自分たちが、
そんな残酷な方法に頼れるはずがない。
それは、彼の声の震えより先に、場にいた全員が理解した。
だから四人は、自力でポイントを集める道を選んだ。
けれど、それは想像よりずっと険しい道だった。
帰還に必要なポイントは膨大で、四人が必死に積み上げても、全く手に届かない。
それでも諦められず、“帰る方法”を探し続けた。
そしてある日——
古い石板の奥に、ひっそりと“時空の悪魔”の記述を見つけた。
アザル=デル。
呼び出すのに必要なポイントは、ぎりぎり届く。
彼ならきっと“帰り道”を知っている。
途切れかけていた希望が、もう一度灯った。
……だがその灯火は、召喚した瞬間に踏み潰された。
アザルは微笑みながら告げたという。
“三人を元の世界に帰す代わりに、一人を差し出せ”。
健太は迷わず「自分が残る」と選び、
三人がどれだけ説得しても、その決意だけは譲らなかったという。
――こうして健太は“忘れ谷ダンジョンの番人”として残り、仲間たちは元の世界へ帰った。
鉄格子の中で過ごす、終わりの見えない時間。
記憶は霧のように薄れ、話すことすら忘れかけて——
ただ、生き延びることだけが彼の役目になっていった。
そんな彼が、今こうして言う。
「……アザルを倒してくれて、本当に……ありがとうございます」
力なく、それでも確かに深く頭を下げた健太の目には、小さな光が揺れていた。
その沈んだ空気を破ったのは、リュカだった。
「じゃあさ! 俺たちでチャチャっと、帰還アイテムのポイント集めちゃえばいいんじゃね?」
いつも通りの明るさで、まるで冒険の途中の話題でもするように言う。
「うん! そうだよ、きっとすぐ集まるはず!」
ハルもそれに続き、期待に満ちた声をあげる。
その無邪気な励ましに、大人組も思わず表情を和らげた。
緊張と重さの中に、ほんの少しだけ温かな光が差し込んだようだった。
ロザが静かに問いかける。
「健太くん、その帰還アイテムには……どれくらいのポイントが必要なのかしら?」
健太は小さく頷き、ほっとしたように息を吸い込んだ。
「えっと、じゃあ……ウィンドウ・オープン」
彼の指が空中をなぞる。
ただし、それが見えているのは――健太だけ。
しばらく沈黙が流れた。
健太の表情が、ゆっくりと曇っていく。
眉根が寄り、口元がわずかに震える。
しかし、振り返ったときには、不安を感じさせぬよう、明るさをまとった顔になっていた。
「……もう、帰還アイテムは手に入らないみたいです」
ハルたちは一瞬、何を言われたのかわからないように瞬きをした。
サイルが前に出る。
「どういうことでしょうか? 何か……理由が?」
健太は困ったように笑い、肩をすくめた。
「アイテムって、レア度によって“作れる数”に上限があるんです。
普通のアイテムなら、ポイントさえあればいくらでも生成できるんですけど……
一定以上のランクになると、各ダンジョンで作れる数が固定で決められてて」
健太は視線を伏せる。
「このアイテム……“願いの石”って言うんですけど。
これは……上限が4つ。4つまでしか存在できないアイテムで……」
唇を噛み締めながら続けた。
「たぶん……僕がアザルに囚われて、記憶が曖昧だった間に、
誰かが“願いの石”を手に入れてしまったんだと思います」
ハルが息を呑む。
健太は苦笑いしながら、ほんのわずかに肩を落とした。
「本当なら、手に入れた冒険者がいたら、
他のアイテムと交換してもらうつもりだったんです。
……でも、まさかあのポイントを集め切る冒険者がいるとは……」
静かな部屋に、健太の言葉がそっと落ちていった。
「……大丈夫ですよ、本当に。
ずっとここにいるつもりでしたし。
ポイントさえ貯めれば、マスターからも解放されるらしいので……」
そう言いながら笑ってみせるが、その表情はやっぱりどこか寂しげだった。
「街でのんびり暮らすなんてのも、悪くないですよね」
健太の笑顔は、どこか自分に言い聞かせているようだった。
その瞬間――ハルの視線がぱっとカイルと合った。
言葉にしなくても、二人にはもう通じていた。
「ねえ、健太さん!」
ハルは一歩前に出て、少し声が弾んでいた。
焦りではなく、なにかを思いついた子どものように。
健太はきょとんと目を瞬かせる。
「え? ど、どうしたんですか?」
ハルはにっこり笑った。
その顔は、どこかワクワクしている。
「ちょっと……見てもらいたいものがあるんだ。
――もしかしたら、その願いのアイテムって……」
隣でカイルも穏やかに頷く。
「まあ、話すより見せた方が早いな」
健太は目を丸くしながらも、ふっと力を抜いて微笑んだ。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
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