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僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜  作者: 花村しずく
父との日々

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記憶を喰らう戦場

 ——眩い光の中で、ハルは息を呑む。

 手の中の守り石が、細かく砕け散った。

 透明な欠片が宙に舞い、光に溶けて消えていく。

 その隣では、父の手がしっかりと自分の手を握っていた。


 白一色だった視界が、ゆっくりと形を取り戻していく。

 光の粒が舞い落ち、空気に色が戻る。

 硬い床、冷たい風、そして――見覚えのある暗い天井。


 「……ここだ」

 ハルは息を呑み、目を凝らした。


 靄の向こう、黒紫の長衣が揺れる。

 長い影のような存在が、ゆっくりと姿を現す。


 「……みえた!」


 その声に、隣のカイルが短くうなずく。

 ふたりの視線が、交わる。


 ——数日前、守り石を使う前の会話が脳裏をよぎった。


 「もし、ちゃんと“戻れた”なら——」

 「“見つけ次第、不意打ち”だな」

 「うん。アザルは選択のタイミングを支配してる。なら、最初の一手はこっちがもらう」

 「上出来だ、ハル。行くぞ」


 回想が、現実の緊張に溶けて消える。


 ハルは小さく息を吸い、震える指先を握りしめた。

 「父さん、行くよ!」


 「おう!」


 次の瞬間、風が弾けた。

 ふたりの足元から魔力が奔流のように解き放たれ、空気が裂ける。


 アザルが状況を察するより早く、

 ハルとカイルは同時に踏み込み、その両腕を左右から掴んだ。


 「――今だ!」


 触れた瞬間、掌の奥が焼けるように熱を帯びる。

 それはただの記憶ではなかった。

 圧縮された“記憶”の奔流——アザルが奪い、溜め込み、歪め続けてきた、数え切れぬ人々の“生”が、

 ふたりの頭の中へと一気に流れ込んできたのだ。


 「……っあ、ああああああっ!」

 ハルが叫ぶ。

 視界が白く跳ね、次の瞬間には赤黒い光景が次々と脳裏を焼いた。


 戦争の火、泣き叫ぶ声、誰かの後悔、

 幸福の記憶、別れの瞬間、嫉妬、裏切り、怒り、絶望——

 無数の感情が、息をする間もなく押し寄せては、消えていく。


 カイルの喉からも、苦痛を押し殺すような低い唸りが漏れる。

 「くっ……こいつ、どれだけの……記憶を……!」


 記憶は、まるで嵐のようだった。

 流れ込むだけではない——頭頂から溢れた光が、ふたりの背後へと抜け出していく。

 それは解き放たれた魂の欠片のように、天井へと吸い上げられていった。


 脳の奥が焼ける。

 目の奥が熱く、血が滲む。

 ハルの視界が滲み、赤と白が混ざり合う。


 「父さんっ……!」

 「大丈夫だ……離すな、ハル!」


 手の中の感触が消えかけるたび、互いの声が現実へ引き戻す。

 光が揺れ、記憶の奔流が少しずつ弱まっていく——

 だが、その代償に、ふたりの意識は限界に近づいていた。


  奔流のようだった記憶の流れが、次第に弱まっていく。

 同時に、アザルの輪郭がかすみ始めた。

 その体が薄く、透けるように光を失い——まるで存在そのものが削れていくかのようだった。


 「……やめろ……」


 掠れた声が、静寂を震わせる。

 アザルの表情が歪む。

 冷徹な微笑みはもうどこにもなく、そこにあるのは、恐怖と拒絶の色だった。


 「父さん! きいてる!」

 ハルが叫ぶ。


 カイルは歯を食いしばり、目を細めて応じた。

 「……ああ、あと一息だ。集中しろ!」


 ふたりの魔力が再びうねる。

 光が脈を打ち、風が渦を巻く。

 アザルの身体はさらに小さくなり、衣の端が霧のようにほどけて消えていった。


 そのとき——

 ハルの意識の奥に、ひとつの映像が流れ込んだ。


 静かな森。

 苔むした岩の上で、透明なスライムのようなものが、年老いた女性に抱き上げられていた。

 その手はあたたかく、柔らかく、恐れることを知らぬ穏やかな光に満ちていた。

 スライムは不思議そうに揺れながらも、やがて小さく震えて——寄り添うようにその手に溶け込んでいく。


 ——これは……?


 ハルが息を呑んだ瞬間、アザルがかすれた声を絞り出した。


 「……それだけは……渡さないッ!」


 その瞳が、ぎらりと紅く閃く。

 薄れかけた体が一瞬、異様なほど濃く浮かび上がる。

 アザルは叫びながら、自らの胸に手を突き立てると、

 光の粒を掴み取るようにして——その“記憶”を無理やり引きずり戻した。


 風が逆流する。

 ふたりの手から、吸い上げかけた光が逆流し、

 アザルの体内へと吸い込まれていった。


 「くっ……!?」

 ハルが叫ぶ。

 掌の中で、まるで“何か”が暴れるように震えている。

 目を焼くような光と、鋭い痛み。


 アザルの輪郭が、再び強くなっていく。

 その表情には——涙のようなものが、かすかに光っていた。


  「……っ、くそっ!」

 カイルが歯を食いしばる。

 ふたりの魔力はすでに限界に近かった。

 足元が揺れ、空気が軋む。

 押し返そうとするたび、アザルの気配はさらに濃く、鋭くなっていく。


 「父さん、だめだっ……もう、力が……!」

 ハルの声が震える。

 手の中の光が弱まり、指先の感覚が遠のいていく。


 「まだ……離すな、ハル!」

 カイルも膝をつきながら叫ぶ。

 だが、押し寄せる闇の圧は止まらない。

 アザルが指をわずかに動かすだけで、空間そのものが歪み、

 ふたりの体を押し潰すように包み込んでくる。


 「……がっ……!」

 息が詰まり、視界が白く霞む。

 もう一歩も動けない。

 力の均衡が、決定的に崩れかけたその瞬間——


 《……ハル》


 澄んだ声が、頭の奥に響いた。

 風の音とも、誰かの叫びとも違う。

 優しく、それでいて確かな意志を帯びた声。


 《僕が力を貸す。――僕を、握りしめて》


 ハルの瞳が見開かれた。

 息を吸うのも忘れたまま、震える手が自然と動く。

 ポシェットの中、何かが微かに脈打っていた。


 「……え……まさか……!」


 光が走る。

 風が再び弾け、世界が一瞬、静まり返る。


 ——そして次の瞬間、眩い閃光が、戦場を呑み込んだ。

ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

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