カイルの作戦
「……よし、作戦名は――“偶然を装ってバルド様とお近づきになろう大作戦”だ!」
カイルは胸を張り、誇らしげに宣言した。
「……ながっ!」
思わずハルが突っ込みを入れる。だが父は気にする様子もなく、どこか楽しそうに笑みを浮かべている。
「いいか、あの本屋の前にはカフェがあるだろう?そのテラス席で張るんだ。バルド様はあの本屋はいきつけの店なんだとしたら、必ずいつか顔を出す。その時に本屋に行って“偶然居合わせる”。これで自然に接点が作れる!」
勢いよく語る父の姿に、ハルは小さく肩を落とした。
「……でも僕は一緒に本屋には入れないよね?未来を変えない為にも、できるだけ関わらない方がいいんでしょ?」
「そうだ、ハルは入らない」
カイルは力強く頷き、さらに身を乗り出す。
「お前は外の席に座って待ってろ。俺が一人で本屋に入って声をかける。他人のふりをしてろ」
「……偶然って、そんなに都合よくいくかなあ……」
唇を尖らせてぼやくハルに、カイルはにやりと笑った。
「偶然は作るもんだ、ハル」
その言葉に、ハルは半ば呆れつつも笑いをこらえきれなかった。父の無茶苦茶な発想は、時に心強く、時に不安で、そしていつも不思議と頼もしい。
「父さん! でも偶然を装うなら、もっといい方法があるよ」
笑いを含ませながら口にすると、カイルはすぐさま反応した。
「ん? なんだ、いい方法ってのは」
カイルは腕を組み直し、まるで仲間から新しい戦術を聞き出そうとする時のように、真剣な顔を向けてくる。
ハルは得意げにノートを取り出し、修復途中の魔法陣が描かれたページをひらひらと見せながら言った。
「バルドさんって、魔道具とか魔法陣が本当に好きなんだ。だからね……父さんが本屋に入ったあと、魔法陣とか魔道具のコーナーで、この魔法陣を見ながらブツブツ言ってたら、きっと声をかけてくると思うんだ」
口を尖らせ、実際に呟く仕草までしてみせるハル。「この線は外に伸ばすべきか、それとも中心に寄せるべきか……」
その真剣さと芝居がかった様子に、カイルは目を瞬かせたあと、大きく笑った。
「ははっ……なるほどな! 確かにバルド様は、そんな場面を黙って見過ごすわけがないってことか」
だがすぐに顔を引き締め、にやりと口角を上げる。
「よし決まりだ。だが、ハル――父さんがバルド様と接触するのを確認したら、お前はすぐに町に戻れ。うっかり一緒にいるところを見られたら、すぐバレちまうからな」
「……そっか」
名残惜しそうに頷いたハルだったが、その表情には無理に明るさを宿す笑みが浮かんでいた。
その後、二人はバルドと接触した時のために、細かな進め方をあれこれと話し合い始めた。
机の上にはノートと紙片が広げられ、幾重にも線を引かれた魔法陣の写しや、条件式のメモが散らばっている。カイルが指先でそれらを押さえながら言った。
「まずは魔法陣の準備だな。話していい内容と、絶対に伏せておくラインをしっかり決めておく。最終的に作りたいのは“条件付きの石の力を最大限に引き出す方法”……そこだけはぶれないようにしておこう」
「……うん」
ハルは真剣に頷き、ペンを手に取って余白に線を走らせる。だが次の瞬間、不安げに顔を上げた。
「ねえ父さん。その条件の内容は、バルドさんに話してもいいのかな?」
その言葉に、カイルは一瞬言葉を飲み込んだ。低く息を吐き出し、しばし考え込む。そして腕を組み、視線を落としたままゆっくりと答える。
「そうだな……そこが肝心なんだ。息子を守るために――“心臓止まった時”あるいは“帰還石を使った時”に、石が発動するような仕組みにするのが一番自然だろう。そうすれば、もしもの時に“バリアを張る”“回復魔法を最大限に起動させる”といった形で説明がつく」
「……なるほど」
ハルは小さく呟き、紙の余白に走り書きした。
「回復とかバリアっていうのは、本当の仕組みを隠すための“建前”ってことだよね」
「そういうことだ」
カイルは淡々と答えるが、その横顔には確かな決意がにじんでいた。
「よし!じゃあ最終確認をしよう。作戦はこうだな。俺が本屋でバルド様と接触する。そのときに、魔法陣をチラ見せして、興味を持ってもらう。もし興味を持ってくださったら相談する。お前は接触した時点で町に帰る……父さんが心配だからって、残ったりするなよ」
「わかってるよ」
そう答えながらも、ハルの胸の奥には「本当は一緒にバルドと話したい」という思いが疼いていた。それでも――今は任された役割を果たすしかない。
父と息子の作戦会議は夜更けまで続き、紙の上には何重もの矢印や条件文が書き込まれていった。まるで二人の思考そのものが線となり、未来への道を描き出しているかのようだった。
こうして二人の“偶然を装う作戦”は、ひそかに始動しようとしていた。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
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