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試行錯誤の日々

 それからしばらくの間、二人は条件付きの魔法陣の研究に没頭する日々を送った。

 もちろん、カイルは家に戻る時間もあったが、大抵はハルの拠点である宿の一室に腰を落ち着け、紙と魔石とインクに囲まれて実験を続けていた。


 煮詰まってしまえば、城下町の本屋を訪れて新しい資料を仕入れ、気分を変える。

 それでも行き詰まれば、二人で村の外に出て“吸い出し”の訓練を行い、風魔法で草花の中に残る水分や魔力を吸い上げてみる。そんな時間もまた、大切な修行の一環となっていった。


 時折カイルは、一人でふらりと姿を消すこともあった。

 数時間、あるいは半日ほどして戻ってくると、決まって魔法陣の修正に取りかかる。その姿を見れば誰か専門家に助言を求めに行っていることは明らかだった。


 ——そして、その日も朝から実験は続いていた。


 机の上には、水を満たした桶と、紙に描かれた複雑な線。

 「合言葉で起動する魔法陣」を再現するために、比較的安全な光や水属性の小さな魔石を使って実験しているのだ。


 「よし、今回こそ……」

 ハルは息をのむように呟き、魔法陣の上に小さな水の魔石を置いた。


 ところが——。

 合言葉を発する前に、魔石がぶるぶると震え、次の瞬間、水が勢いよく飛び出して桶を満たす。


 「うわっ、またか!」

 ハルは思わず両手を広げ、飛び散ったしぶきを浴びながら肩を落とした。

 「あー! 今回もダメか……。父さんが仕入れてきた情報だとここの部分を直したら、うまくいくと思ったのにな。やっぱり“力を解放する”って条件が難しいのかな……」


 紙の上の線を見つめながら、少年は唇を尖らせる。

 「ライトといったらライト魔法を発動する”とかなら、ちゃんと上手く行くのに……。どうして“力の解放”だけは、こうもうまくいかないんだろう」


 そのぼやきに、カイルは静かにうなずいた。

 「そうだな……。“力の全開放”となると、魔石そのものに溜まっている膨大な力を一気に呼び起こすわけだから、単なる条件付けよりもはるかに大きな負荷がかかるのかもしれん」

 そう言いながら、指先で魔法陣の一角をなぞる。

 「……ここの線を、もう少し伸ばしてみるか。それか、囲いを作って“枠”で力を制御する仕組みにしてみるとか……」


 ぶつぶつと独り言を漏らしながら、カイルはすでに次の修正作業に取りかかっていた。ペン先を走らせる姿は、まるで鍛冶職人が鉄を叩くように迷いがない。


 ハルはその背中を見つめ、思わず笑みを漏らす。

 「……父さんって、やっぱりすごいな。僕がへこたれても、すぐに次の方法を考えようとするもんな。なんかPOTENのみんなと似てる……」


 諦めの色を見せないその姿に、少年の胸の中に再び小さな希望の火が灯っていった。


 それからも、二人は何度も修正を加えては挑戦を繰り返した。線の角度を変え、言葉を入れ替え、魔石を変えてみる。だが、どうしても結果は芳しくなかった。


 「よし……これでどうだ!」


 カイルが意気込んで、描き直した魔法陣に水の魔石をそっと置く。だが次の瞬間、またしても魔石は勝手に力を解放し、桶に水をどっと吐き出してしまった。


 「くっそ……」


 額に手を当てたカイルは、それでもすぐ立て直すように魔石を取り替え、今度は光の魔石を置く。結果はやはり同じ。

 その後も試行錯誤はするものの、やはり合言葉を言う前に力を使い切ってしまうか、反応しても、せいぜい弱々しい光がちらりと灯るだけだった。


 「……だめか」


 ついにカイルは机に突っ伏した。背中越しに、小さなため息が聞こえる。


 「うちのパーティメンバーだと、魔法陣に詳しいのはサイルなんだがなあ……。この間こっそり相談してみたんだが、やっぱり難しいらしい」


 ぼやく声は、諦めよりも「まだ道があるはずだ」と探す気配を帯びている。


 「こりゃ……何か大事なものを見落としてるな。……全部話すわけにもいかねぇし。誰か他に助言をもらえる人といえば……」


 そう言いながらカイルは、机に広がった紙束をぼんやりと見つめる。


 その様子に、ハルはつい苦笑いを浮かべた。


 「サイルさん、魔法陣にすっごく詳しいもんね。そんな人でも解決できないなら……やっぱり専門家に聞くしかないよね」


 「ははっ……そうだな」カイルが顔を上げ、苦い笑みを浮かべる。


 「だがな、サイル以上の専門家なんて思いつかねえよ。俺だって、古代魔法陣は趣味でよく見てたが……これは手強い」


 二人は顔を見合わせ、同時に苦笑した。


 ——その笑顔の奥で、ハルの心はふと遠くを見ていた。


 (……なんだか、POTENハウスにいるみたいだ)


 ギミックの仕掛けで行き詰まればジンが一緒に腕を組んで唸り、魔法陣で悩めば、バルドさんや魔導裁縫箱先生が知識を惜しみなく与えてくれた。エドさんやツムギお姉ちゃんが試作しては失敗して、それでも誰かが必ず突破口を見つけてくれた。


 (先生はこの時代にはまだいないけど……せめてバルドさんに聞けたら……)


 優しく、時に厳しく導いてくれる“おじいちゃん”みたいな存在を思い出すと、胸がじんわり温かく、そして切なくなる。


 その感情が込み上げて、思わず言葉になった。


 「こういう時、POTENだと……バルドさんが、いろんな知識を教えてくれてたんだよね……」

ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

https://ncode.syosetu.com/N0693KH/

⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

https://ncode.syosetu.com/n3980kc/

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