願いの守り石
それからの数日、二人はほとんど部屋に籠もりきりになった。ダンジョンで手に入れた難解な本、カイルが持ち込んだ古い魔導書、そしてバルドから託された魔法陣の図鑑。机の上には山のように本が積み上がり、ページを繰る音とため息ばかりが響く。
どの本にも、生き直しや時間移動といった概念は断片的に記されていた。だが、仮説ばかりで、実際に魔法陣として使えるようなものはひとつも見当たらなかった。
カイルは背もたれに深く体を預け、分厚い本をぱたりと閉じる。
「……やっぱりな。生き直しか時間移動か、状況によって選んで起動するなんて芸当、どこにも書いてない」
その言葉に、ハルも肩を落とし、目の前のノートを見つめた。
「うん……そうだよね。僕もずっと、“力を解放する魔法陣”で石の力を引き出せばいいって考えてた。でも、“その時の状況に応じてどっちを選ぶか”なんて、そんなの相当難しい技術だよね」
ペンを弄びながら、ハルはぽつりと呟く。けれど次の瞬間、目を見開いた。
「……あっ!」
ペン先が小さく跳ね、インクのしみがノートに落ちる。
「ねえ、父さん! 逆だよ、逆!」
カイルが片眉を上げ、怪訝そうにこちらを見た。
「逆? ……どういうことだ?」
ハルは身を乗り出し、勢いのまま言葉を繋ぐ。
「どっちかを“選ぶ”んじゃないんだよ! 条件に、両方を含めればいいんだ!」
カイルはしばし沈黙し、腕を組んで考え込む。低く呟いた。
「……つまり、生まれ直しか時間移動か、そのどちらかを選ぶんじゃないってことか?」
「そうだよ!」
ハルの瞳が、ぱっと輝きを増す。
「例えば、“心臓が止まった時”と“帰還石を使った時”、その両方を条件にすればいいんだ。どちらの場合も、その時が来たら石の力を解放するようにすれば……」
ペンを走らせながら、興奮気味に続ける。
「きっとその時々に応じて、石の力は形を変えるんじゃないかな?
今回みたいに相結してたら、石は僕の願いを聞いて過去に戻してくれる。もし本当に死んでしまったら……生まれる前に戻してくれるんだ。そして、もしアザルのいたダンジョンマスターみたいに“元の世界に帰りたい”って願ったら、その時はきっと別の形で応えてくれると思うんだ!」
勢いに任せて言葉を吐き出し、ハルは小さく肩で息をした。
「……どうして今まで忘れていたんだろう。僕、あの時——死んだ時、母さんを守れなかったって思ってたんだ。守りたかったって。……きっとその想いがあったから、生まれ直せたんだ」
その声は、悔しさと同時に、確かな手応えを伴っていた。
カイルは少し目を細め、低い声で問いかけた。
「……つまり、ハル。お前は、この守り石が“時空移動のための石”なんじゃなくて……“願いを叶える石”だと言いたいのか?」
その一言に、ハルは目を大きく見開いた。胸の奥で何かがぱちんと弾ける。
「——父さん! それ、ありえるかもしれない!」
声が自然と熱を帯びる。
「今までそんな石なんて現実的じゃないって思ってた。でも、僕……似たような性質のアイテムや魔法を知ってるんだ」
カイルが顎に手をやり、続きを促すように視線を送ると、ハルは身を乗り出す。
「ツムギお姉ちゃんの“創術魔法”だよ。あれって、大切にしているアイテムを、持ち主の想いに応じて“進化”させちゃうことがあるんだ。それに、特別な木から採れる晶樹液を固めたものも、たまに予想もしない“変化”を見せることがあるんだ。POTENのみんなが実験しているのを何度も見たから、間違いないよ」
そこで一度息を整え、守り石を見つめながら言葉を続けた。
「だから……もしこれがダンジョン産のアイテムだとしたら、普通のアイテムよりもっと強力で、もっと想いに応えるものがあってもおかしくない。きっと……僕の“願い”に反応して、力を使ったんだ」
ハルの声には、希望と確信とが入り混じり、その小さな体からは想像できないほどの真剣さが宿っていた。
カイルは腕を組み、しばし黙考する。その横顔はどこか険しくも、どこか誇らしげでもある。
「……創術の話は、ごく稀にそういう事例があると聞いたことはある。だが、“創術みたいな変化をする液体”が三年後にはあるのか……」
低くつぶやきながら、視線を本棚に移す。
「もしお前の言うことが本当なら、確かにダンジョン産の素材や道具の方が、効果が強力なのは周知の事実だ。……あり得ない話じゃないな」
カイルは一度目を閉じ、深く息を吐いた。
「それに——今の俺たちじゃ、時空移動の魔法陣なんて作れやしない。となれば、そっちに賭けるしかないか……」
そしてゆっくりと目を開き、守り石を見やる。
「よし、なら“願いの石”に賭けるとして……まずは“帰還石”の魔法陣を探して、参考にしてみるか」
その言葉に、ハルの目がぱっと輝く。
「——うん! 早速探してみよう、父さん!」
そう言うやいなや、ポシェットの奥から小さな守り石を取り出す。ツムギが仕込んでくれた“冷静になれる機能”を起動させるのだ。胸の奥のざわつきがすっと静まり、心が落ち着きを取り戻していく。
ハルはそのまま机に広げられた本へ身を乗り出し、真剣な眼差しでページを繰り始めた。指先は丁寧に、けれど迷いなく紙をめくり、時折ペンを走らせては要点を写し取る。その集中力は、子どもというより、ひとりの研究者のようですらあった。
カイルはそんな息子の横顔をしばし眺め、ふっと目を細める。
(……集中するときの顔は、変わらないな)
だが次の瞬間、胸の奥にわずかな重みが落ちる。唇を噛み、心の中だけで言葉を零す。
「……もしこの守り石が“願いの石”だとしたら……やっぱり、これから先のちびハルの人生は、“今のハル”と同じ形でなぞらせなきゃならねぇか……」
その呟きは、ハルには届かないほど小さく、ため息に紛れて消えていった。だが確かに、父の胸の奥に残る決意の影を刻んでいた。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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