お守り袋と魔石
午後の授業がすべて終わり、校舎の門を出たところで、ハルは大きく伸びをした。
「ふあ〜、今日はちょっと詰め込みすぎだったな……」
リュカと別れ、ひとりで坂道を下りはじめた時だった。
——《ハル、聞こえるか?職人ギルドから依頼を受けた。今日はまっすぐPOTENハウスに戻ってくれ。会議をする》
ポケットの魔導通信機がふっと光り、小さな音とともにエリアスの落ち着いた声が流れ込んできた。
「……えっ、依頼? しかも会議……!」
足を止めて通信機を握りしめたハルは、すぐに気を引き締めた。
(もしかして、大きな仕事かも……!)
そう思いながら、ハルは急ぎ足で帰路を辿りはじめた。
帰宅後、まだツムギ達が帰宅していなかったため、ハルは自室のベッドに寝転がり、天井をぼんやりと見上げていた。今日は学院で重めの講習が多かったので、さすがに少し疲れが出たようだ。
(仮眠……というか、ちょっとだけ目を閉じるだけ……)
と、まぶたを落としかけたその時——
「ただいまーっ! 面白い依頼、受けてきたよー!」
ツムギの元気な声が、玄関から響いた。続けてぽての「(ぽへーっ!)」という跳ねるような声も。
「会議を開きたい。手が空いている人は、リビングに集まってくれると助かる」
今度は、エリアスのいつもの落ち着いた声が響く。
ハルは慌てて体を起こすと、軽く顔を洗い、整えた服の襟を直して部屋を出た。
廊下を抜けると、キッチンからバルドが何かを刻む音が聞こえてくる。リビングにはすでに温かい紅茶と、焼きたてのクッキーの香りが漂っていた。
「わあ……なんか、こういうの、ちょっと憧れてたんだよな……」
ハルは、にこにこしながら席についた。やがて、ツムギやナギ、エドたちも集まり、いつものにぎやかなPOTENの会議が、にぎやかに始まった。
「さて、みなさん」
落ち着いた声で、エリアスが立ち上がる。手元には、綺麗にまとめられた紙の束が数枚。
「本日の議題は、職人ギルドから新たに受けた依頼についてだ」
ツムギが「わくわくするよ〜」とスケッチ帳を抱きしめ、ナギはクッションを抱えてふんふんと頷く。エドは紅茶を片手に、すでにやる気満々な顔をしていた。
「依頼内容は、来月の祭りで配布される《お守り袋》の製作。対象は子どもたちで、数は百個。職人ギルドの方針で、“今年はちょっと特別なものを”という要望があったそうだ」
「お守り袋かぁ……なんか、父さんの守り石を思い出すなあ〜」
ハルがぽてを撫でながらつぶやくと、ぽても「ぽへぇ〜(あのお守り、すごかったよね〜)」と思いだしているようだった。
「材料費に使えるのは五万ルク。報酬は三十万ルク。決して高額というわけではないが、子どもたちへの贈り物と考えれば、内容としては悪くない」
その言葉に、リナが「せやけど、ツムギのアイデア通り、魔石や魔法陣を使うと予算オーバーやなぁ……」と頭をかく。
ツムギお姉ちゃんのアイデアは——
**「小さな平たい魔石に、創術で“守り”の魔法陣を描いて、お守り袋の中に入れる」**というものらしい。
子どもたちが持っていて安心できるような、そんな“心のお守り”を作りたいという想いが込められていた。
エリアスが静かに息をつく。
「良い案ではあるが、問題は“魔石の調達”と“加工の難しさ”だな」
その言葉を聞いたハルの胸が、どくん、と高鳴った。
《素材集めは——僕の仕事だ》
魔石は、きっとダンジョンに行けば見つかる。まだ足を踏み入れたことはないけれど……それでも、ようやく役に立てそうな今こそ、その一歩を踏み出す時なのかもしれない。
だって僕は、この創舎唯一の冒険者なんだから。
覚悟を決めて、ハルはまっすぐに手を挙げた。
「だったら……僕が採ってくるよ! お守り袋に使えそうな魔石!」
一斉に視線が集まる。
「ええっ、でも……危なくない?」
とナギが少し不安げに顔を曇らせるが、
ハルはきっぱりと言った。
「うん。僕、もう冒険者になったし、町の外の安全な範囲ならひとりでも行けるよ。素材集めも、もう何度もやってるし!」
「……無理はしない、って約束してくれる?」
「うん! 絶対に無理はしないよ!」
ハルは笑顔で元気よく頷いた。
そのやりとりを聞いていたエドが、ぽんと手を叩く。
「ハルが魔石を取ってきてくれるなら、ジンさんと一緒に僕が加工するよ! スライスして、平らにして、魔法陣を描くスペースをつくる。それに……カット次第では、宝石みたいにキラキラ光るかもしれないよ!」
その言葉に、ツムギの目がキラキラと輝いた。ナギはすでに布選びのことを考え始め、リナはさっそく予算の調整に頭を悩ませている。
そして、エリアスが一度静かに頷いたあと、全体の確認に入る。
「ハルは魔石の採集、エドは加工。ナギは防水布の候補選定、ツムギは護符の構想。ものづくりチームは、それぞれ可能であれば試作も進めておいてくれ。リナは採算が取れるかを随時確認しながら、全体のバランスを見ていこう。進捗の確認は、まず一週間後。それまでに、それぞれできる範囲で準備を進めてほしい」
紅茶の香りが漂う中、POTENらしい賑やかさと熱意がひとつにまとまり、会議は温かく締めくくられていくのだった。
(よし……)
テーブルを離れたハルは、小さく息を整えると、すぐに準備を整えて玄関へ向かった。
早速、冒険者ギルドに行ってダンジョンについて調べてみよう。ついでに、ガウスさんの素材採取の依頼の報告も済ませてしまいたい。
そんなことを考えながら扉を開けると、夕暮れに染まる街の風が、ハルの髪をやさしく揺らした。
ギルドに着く頃には、空の色はほんのりと赤く染まり始めていて、建物の灯りがひとつ、またひとつと灯っていく時間帯だった。
扉を押して中に入ると、ギルドの中は依頼を終えた冒険者たちでほどよく賑わっていた。武具を手入れする者、報告書を書き込む者、仲間と談笑する者の声が、温かな空気を作り出している。
ハルは受付に向かって、顔なじみの職員に軽く頭を下げた。
「こんにちは。えっと、先日受けた“青磁茸の採取依頼”、無事に終わったので報告に来ました!」
「あ、ハルくん。お疲れさま。ガウスさんの依頼だったね。もう納品も済ませたって聞いてるよ。報告書、書けるかな?」
「はい、大丈夫です!」
そう言って備え付けの机に向かうと、ハルは慣れた手つきで依頼内容と経過、素材の状態などを丁寧に書き記していった。
書き終えた報告書に魔導スタンプを押し提出すると、職員は目を通して、にっこりと笑った。
「ガウスさん、あなたのことをすごく褒めてたわよ。素材の扱いも丁寧で、“ようやく冒険者っぽくなったな”って」
「……えへへ、ちょっと照れますね、それ」
頬をかきながら笑うハルに、職員は「それと……」と小さく続けた。
「品質がすごく良かったから、今度は指名依頼したいって。よかったね」
「本当ですか!? やった……!」
目を輝かせるハルは、ポシェットの中から冒険者証を取り出して差し出した。
「ありがと。じゃあ、報酬振り込むねー」
職員は手元の魔導端末に冒険者証をかざすと、カチリと音を立てて処理を終え、ハルの証に金色の微かな光がふわりと灯った。
「はい、完了。ちゃんと口座に入ってるから確認してね」
「ありがとうございます!」
受け取った冒険者証をハルはポシェットの中に大切にしまい込んだ。
そして、すぐに声のトーンを少し落として、次の話題を切り出した。
「あの、もうひとつ聞きたいことがあって……。最近、魔石がよく採れるダンジョンとか、初心者でも行ける安全なところって、どこかありますか?」
「ダンジョンの資料ね? ……ちょっと待って、案内するわ」
職員がカウンターの奥から取り出してきたのは、冒険者向けに整理されたダンジョン資料のファイルだった。表紙には大きく「初級・中級者向けダンジョン情報」と書かれている。
「このあたりが、今登録されてる中で危険度が低くて、魔石や素材も豊富なダンジョンの一覧よ。採集や探索に向いてる場所もメモされてるから、気になるところがあれば聞いてね」
「はいっ!ありがとうございます!」
ページをめくる指先に、自然と力がこもる。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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