表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/146

時を越えた守り

 ……と、そこでハルはふっと息をついた。

 その瞬間、胸の奥に沈んでいた“忘れていた記憶”が、不意に引き出されるようにして蘇ってきたのだ。


 (そういえば……僕は、過去に戻るのはこれが初めてじゃない……)


 指先が震える。けれど、忘れてはいけない事実だった。


 前の人生——十五歳の時、自分は確かに死んだ。森の中で魔物に追いつかれ、命が尽きた。

 けれどその瞬間、ポシェットが光を放ち、もう一度生まれ直した……

 その記憶が鮮明に戻ったのは、父さんがいなくなって少しした、七歳のころだった。気づいた時の衝撃は今でも覚えている。


 きっとあれも——守り石のおかげだったのだろう。


 だが今回の時間移動は違う。死んでいないのに、三年前に戻してもらえた。あの時と何が違ったのだろう。


 (……違うのは、ツムギお姉ちゃんにポシェットを直してもらって、守り石の存在を知っていたこと。それから……守り石を、直してもらったポシェットに入れた瞬間——強く光って、“相結そうゆい”したこと……)


 相結。

 それは、この世界で「ものに宿る想い」を表す特別な現象だ。長い間、大切にされ続けた道具や、心を込めて使い込まれた品には、持ち主の感情や記憶が染み込み、やがて普通では考えられない力を発揮することがある。

 まるで持ち主と物が絆を結ぶように。そうして宿った力を、この世界では“相結”と呼んでいる。


 (きっとあの瞬間、守り石は僕と繋がった。その後からポシェットも意思があるような気がしてたし、あの声もそうだ。今回は守り石のポシェットがどうにかして、過去に戻してくれたのかもしれない……)


 自分でも信じがたいほどの確信が胸にあった。

 これまで生まれ直したことを誰にも話したことはない。けれど——このことは父さんには話さなきゃいけない。いや、父さんだからこそ話さなければならない。


 ハルはぎゅっと両手を握りしめた。

 そして、決意を込めて顔を上げる。


 「父さん……僕、話したいことがあるんだ」


 その声は、ほんの少し震えていたが——真っ直ぐに、父へと向かっていた。


 ハルは、胸に抱え込んでいた秘密を言葉に変え、一つひとつゆっくりと語り始めた。

 十五歳で命を落としたこと。その直後、ポシェットが光を放ち、生まれ直したこと。七歳のときにその記憶が戻り、ようやく自分が「死に戻り」をしたのだと気づいたこと。そして今回は死なずに三年前へと戻ってきたこと。その違いは——ツムギにポシェットを修繕してもらい、守り石と“相結そうゆい”したことにあるのではないかと考えていること。


 ぽつり、ぽつりと語られるその内容に、カイルは眉を上げ、時に青ざめ、時に目を見開いた。

 息を呑み、理解を追いつかせるように深くうなずきながら、ただ黙って最後まで聞き続けた。


 「……ハル……お前……」


 途中で言葉が漏れそうになっても、それを飲み込み、父として、息子の告白を正面から受け止めていた。


 すべてを聞き終えたあと、カイルはしばし沈黙した。重い呼吸を吐き、視線を机の上に置かれたポシェットへと落とす。

 粗く擦れた布地。ところどころに縫い直した跡。年月や時を越えてなお、主のそばに在り続けてきた相棒。


 「……こいつがずっと……お前を守ってくれてたんだな」


 低く、感慨を含んだ声でそう言うと、カイルは分厚い掌をそっとポシェットに添えた。粗い指先が革の感触を確かめるように撫で、わずかに震えを帯びる。


 「ありがとうな」


 その一言は、ハルへでもあり、ポシェットへでもあった。


 次の瞬間——砕けて修繕された守り石が、ポシェットの横で弱々しく「チリリ」と一瞬だけ光を放った。

 まるでその言葉に応えるように、息をするかのように。


 「……今、光ったよね……?」

 ハルが目を見開いて父を見る。


 カイルもまた驚いた表情のまま、やがてゆっくりと口元をほころばせた。


 「……ああ。間違いねぇ。やっぱり、こいつはお前の“相棒”だ」


 守り石のかすかな光はすぐに消えたが、そこに確かに宿っている絆を、二人は感じ取っていた。


 「……やっぱり、元気ないよね」

 ハルは守り石を見つめながら、眉を寄せた。声には小さな震えが混じっている。


 「多分、僕をここに連れてくることで、ほとんど力を使い果たしたんだと思う。さっき見た魔法陣だって、守り石にためた力を全部放出する仕組みだったし……ポシェットの容量も、前より減った気がするんだ」


 その言葉に、カイルは腕を組み、しばし黙考した。やがて、穏やかな声で応じる。

 「そうか……だが、ポシェットが少なくなったとはいえ、まだ機能を保っているのなら、完全に力は尽きてはいないな。弱々しいが、まだ脈は残っている。……この一件が片付いたら、一緒にどうにか復活させられないか考えてみよう」


 その声音には、淡々としながらも父としての責任感と、希望を手放さない強さがにじんでいた。


 「……うん」


 ハルは小さくうなずき、心配そうにもう一度守り石を見つめる。


 カイルは視線を石から離し、改めて息子へと向き直る。


 「まとめるとだ。お前が言ったように——この石に命令を刻むなら、二つの働きを考える必要がある。ひとつは“死んだ場合、生まれ直しできること”。もうひとつは“過去に戻れること”。この二つをきちんと命令文にしなければならない」


 「……なるほど」


 ハルは神妙にうなずいたが、そのまま視線をポシェットの横に置かれた守り石へ滑らせた。淡い輝きを失った欠片を心配そうに見つめ、胸が締め付けられる。けれど、次の瞬間、彼は小さく頭を振った。ブルブルと振り払うように、顔を上げる。


 「父さんの言った、この二つの条件を成立させるのって……かなり難しいよね。でも、きっと過去の僕たちにできたなら、今の僕たちにでもできる、もっとシンプルで簡単な方法があるはずだ。……考えてみよう!」


 その声には、子どもらしい無邪気さと、冒険者としての決意が同時に宿っていた。


 カイルはふっと笑い、そんな息子の姿を誇らしげに見つめる。

 こうして二人は、守り石の未来を賭けた大きな謎を胸に抱きながら、新たな一歩へと向かう準備を始めるのだった。

ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

https://ncode.syosetu.com/N0693KH/

⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

https://ncode.syosetu.com/n3980kc/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ