時を越えた守り
……と、そこでハルはふっと息をついた。
その瞬間、胸の奥に沈んでいた“忘れていた記憶”が、不意に引き出されるようにして蘇ってきたのだ。
(そういえば……僕は、過去に戻るのはこれが初めてじゃない……)
指先が震える。けれど、忘れてはいけない事実だった。
前の人生——十五歳の時、自分は確かに死んだ。森の中で魔物に追いつかれ、命が尽きた。
けれどその瞬間、ポシェットが光を放ち、もう一度生まれ直した……
その記憶が鮮明に戻ったのは、父さんがいなくなって少しした、七歳のころだった。気づいた時の衝撃は今でも覚えている。
きっとあれも——守り石のおかげだったのだろう。
だが今回の時間移動は違う。死んでいないのに、三年前に戻してもらえた。あの時と何が違ったのだろう。
(……違うのは、ツムギお姉ちゃんにポシェットを直してもらって、守り石の存在を知っていたこと。それから……守り石を、直してもらったポシェットに入れた瞬間——強く光って、“相結”したこと……)
相結。
それは、この世界で「ものに宿る想い」を表す特別な現象だ。長い間、大切にされ続けた道具や、心を込めて使い込まれた品には、持ち主の感情や記憶が染み込み、やがて普通では考えられない力を発揮することがある。
まるで持ち主と物が絆を結ぶように。そうして宿った力を、この世界では“相結”と呼んでいる。
(きっとあの瞬間、守り石は僕と繋がった。その後からポシェットも意思があるような気がしてたし、あの声もそうだ。今回は守り石のポシェットがどうにかして、過去に戻してくれたのかもしれない……)
自分でも信じがたいほどの確信が胸にあった。
これまで生まれ直したことを誰にも話したことはない。けれど——このことは父さんには話さなきゃいけない。いや、父さんだからこそ話さなければならない。
ハルはぎゅっと両手を握りしめた。
そして、決意を込めて顔を上げる。
「父さん……僕、話したいことがあるんだ」
その声は、ほんの少し震えていたが——真っ直ぐに、父へと向かっていた。
ハルは、胸に抱え込んでいた秘密を言葉に変え、一つひとつゆっくりと語り始めた。
十五歳で命を落としたこと。その直後、ポシェットが光を放ち、生まれ直したこと。七歳のときにその記憶が戻り、ようやく自分が「死に戻り」をしたのだと気づいたこと。そして今回は死なずに三年前へと戻ってきたこと。その違いは——ツムギにポシェットを修繕してもらい、守り石と“相結”したことにあるのではないかと考えていること。
ぽつり、ぽつりと語られるその内容に、カイルは眉を上げ、時に青ざめ、時に目を見開いた。
息を呑み、理解を追いつかせるように深くうなずきながら、ただ黙って最後まで聞き続けた。
「……ハル……お前……」
途中で言葉が漏れそうになっても、それを飲み込み、父として、息子の告白を正面から受け止めていた。
すべてを聞き終えたあと、カイルはしばし沈黙した。重い呼吸を吐き、視線を机の上に置かれたポシェットへと落とす。
粗く擦れた布地。ところどころに縫い直した跡。年月や時を越えてなお、主のそばに在り続けてきた相棒。
「……こいつがずっと……お前を守ってくれてたんだな」
低く、感慨を含んだ声でそう言うと、カイルは分厚い掌をそっとポシェットに添えた。粗い指先が革の感触を確かめるように撫で、わずかに震えを帯びる。
「ありがとうな」
その一言は、ハルへでもあり、ポシェットへでもあった。
次の瞬間——砕けて修繕された守り石が、ポシェットの横で弱々しく「チリリ」と一瞬だけ光を放った。
まるでその言葉に応えるように、息をするかのように。
「……今、光ったよね……?」
ハルが目を見開いて父を見る。
カイルもまた驚いた表情のまま、やがてゆっくりと口元をほころばせた。
「……ああ。間違いねぇ。やっぱり、こいつはお前の“相棒”だ」
守り石のかすかな光はすぐに消えたが、そこに確かに宿っている絆を、二人は感じ取っていた。
「……やっぱり、元気ないよね」
ハルは守り石を見つめながら、眉を寄せた。声には小さな震えが混じっている。
「多分、僕をここに連れてくることで、ほとんど力を使い果たしたんだと思う。さっき見た魔法陣だって、守り石にためた力を全部放出する仕組みだったし……ポシェットの容量も、前より減った気がするんだ」
その言葉に、カイルは腕を組み、しばし黙考した。やがて、穏やかな声で応じる。
「そうか……だが、ポシェットが少なくなったとはいえ、まだ機能を保っているのなら、完全に力は尽きてはいないな。弱々しいが、まだ脈は残っている。……この一件が片付いたら、一緒にどうにか復活させられないか考えてみよう」
その声音には、淡々としながらも父としての責任感と、希望を手放さない強さがにじんでいた。
「……うん」
ハルは小さくうなずき、心配そうにもう一度守り石を見つめる。
カイルは視線を石から離し、改めて息子へと向き直る。
「まとめるとだ。お前が言ったように——この石に命令を刻むなら、二つの働きを考える必要がある。ひとつは“死んだ場合、生まれ直しできること”。もうひとつは“過去に戻れること”。この二つをきちんと命令文にしなければならない」
「……なるほど」
ハルは神妙にうなずいたが、そのまま視線をポシェットの横に置かれた守り石へ滑らせた。淡い輝きを失った欠片を心配そうに見つめ、胸が締め付けられる。けれど、次の瞬間、彼は小さく頭を振った。ブルブルと振り払うように、顔を上げる。
「父さんの言った、この二つの条件を成立させるのって……かなり難しいよね。でも、きっと過去の僕たちにできたなら、今の僕たちにでもできる、もっとシンプルで簡単な方法があるはずだ。……考えてみよう!」
その声には、子どもらしい無邪気さと、冒険者としての決意が同時に宿っていた。
カイルはふっと笑い、そんな息子の姿を誇らしげに見つめる。
こうして二人は、守り石の未来を賭けた大きな謎を胸に抱きながら、新たな一歩へと向かう準備を始めるのだった。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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