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守り石と不思議な声

 「なるほど……これで、この魔法陣は“魔力の放出”のためのものだと証明されたな」

 カイルの声は淡々としていたが、その響きには確信がこもっていた。


 ハルは机の上に広げた写しを指さし、粉々になって読めなくなっている部分に視線を落とす。

 「じゃあ、この部分は……きっと“起動”について書いてあったのかな」


 「おそらくそうだろうな」カイルは頷き、腕を組むと少し思案するように目を細めた。「もし仮に、ここに“起動の陣式”を書き込むとしたら……だいたい形は決まっている。――“もし◯◯が起きたら、◯◯をする”。そういう条件文だな」


 「条件文?」ハルが小首をかしげると、カイルは続けた。


 「例えば帰還石の魔法陣には、“キーワード”を設定できるんだ。『もし◯◯という言葉を唱えたら、この地点に戻る』……そんなふうにな。魔導士があらかじめ決めて書き込んでおくことで、発動の条件を整える」


 「へえー! そうやって起動の陣式を書き込むんだね。全然知らなかったよ!」

 ハルの瞳がぱっと輝き、驚きと好奇心の色が一度に宿る。


 ページの余白に自分の指を走らせながら、例を思いついたように口にする。

 「だとすると……例えば、“もしこの石を砕いたら、魔力放出の陣が起動する”……そんな感じにできるってことだよね?」


 カイルはわずかに口角を上げ、肯定の意を示す。


 ハルはさらに考え込みながら言葉を重ねる。

 「でも……“もし◯◯なら”の部分って、すごく重要だよね。“もし命の危険が迫ったら”……なんて書いたら、すごく曖昧すぎる。起動してほしいときに反応しなかったり、逆に起動してほしくないときに勝手に発動しちゃったり……そんなこともありそうだし」


 その声には、素人らしい危なっかしさと、けれど核心を突いた鋭さが同居していた。

 カイルは感心したように唸り、ハルを見やる。

 「……そうだな。お前の言う通りだ。“条件の精密さ”こそが、起動式の肝だ。曖昧な条件は、命取りになる」


 カイルの声には、淡々としながらも重みのある響きがあった。その言葉を噛みしめるように頷いたハルは、視線を守り石の欠片に落とし、少し考えてから口を開いた。


 「……僕と父さんが使う陣式は、適当なキーワードでいいと思うんだ。例えば“三年後の同じ場所へ”とか、“帰る”とか……わかりやすくて、ふたりがちゃんと合図できる言葉なら。それで十分だと思うんだけど……」


 そこで一度言葉を切り、唇をぎゅっと噛んだ。


 「……でも、小さい僕に渡すポシェットに入れる用の守り石は……ちょっと工夫が必要だよね。何も知らないあの頃の僕でも、ちゃんとこの時間に来れる条件じゃないと……」


 言いながら、ハルは自分の小さな頃を思い浮かべる。泣き虫で、怖がりで、何かあったらすぐ母親の影に隠れていた自分。今の自分なら思いつける工夫も、あの頃の自分には到底思いつけなかっただろう。


 カイルは腕を組み、ゆっくりと頷いた。

 「……確かに、それは大事だな」

 真剣な光が、その瞳に宿る。


 「ハルは、この石がどれほど大事なものかどころか、石の存在もはじめは知らなかった。キーワードだって、当然教えられてなかった。そもそもキーワード設定されていたのかもわからない。それでも、お前はこうしてこの時間軸に来た。――となると、何かしら“引き金”になるような条件が、自然と発動していたはずだ」


 カイルは顎に手を当て、考えるように言葉を選ぶ。


 「実際、どんな感じだったんだ? お前が戻ってきたときの状況を、できるだけ詳しく話してみろ。気が付いていないだけで、条件になりそうな言葉を口にしたとか……あるいは、行動とか、感情とか。なんでもいい。参考になりそうなことはなかったか?」


 ハルは少し目を伏せ、当時の記憶を探るように眉を寄せた。胸の奥に残るあの光景――アザルとの戦い、記憶を吸い取られそうになったあの瞬間。そして、確かに聞こえた声と、自分が口にした願い……。


 「……あの時は、もともと帰還石で帰るつもりだったんだ」

 ハルはぽつりと語り始める。

 「ガウスさんが設定してくれてたキーワードを言ったんだ。“僕の帰る場所へ”ってやつ。それで、帰れるはずだったんだけど……」


 そこで一度言葉を切り、ハルは少し首をかしげた。


 「……その後に、不思議な声が聞こえたんだ。前にも一度、ダンジョンでピンチのときに魔導通信機から聞こえてきた声……それとそっくりで」


 指先が、膝の上でぎゅっと握りしめられる。

 「その声が言ったんだ。“僕の望む場所に連れて行ってやる”って」


 カイルの瞳がわずかに鋭さを帯びた。

 「……どういうことだ?」

 低い声で問いかける。

 「じゃあ、守り石の力じゃなくて、その“声”とやらが、お前をここに連れてきたってことなのか?」


 ハルは頷き、けれど自分でもまだ整理できていないように唇を噛む。


 「そうなんだよね……。それがすごく不思議で……でも、あの時、僕は心の中で強く思ったんだ。父さんのところに行きたいって。父さんに会いたいって」


 その瞬間を思い出したのか、ハルの声がわずかに震え、けれど柔らかい光を帯びる。


 「……それを、あの不思議な声が叶えてくれたんだと思う。だから僕は、父さんがいるこの場所に来たんじゃないかなって」


 しん、と静まる。

 カイルはじっと息子の目を見つめ、深く息を吐いた。


 ハルはふと、掌に残る守り石の感触を見下ろしながら、ぽつりとこぼした。

 「……あの不思議な声が、もしかして“守り石”そのものってことなのかな……?」


 その呟きは、自分に問いかけるようでもあり、父に答えを求めるようでもあった。

 そして二人は、まだ解けない謎を胸に、次の一歩を考え始めていた。

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