魔法陣と不思議な石
しばしの沈黙のあと、カイルは視線を守り石からハルに戻し、静かに口を開いた。
「多分……これは古代魔法陣の一種だな。ただ、時空を移動するための魔法陣ってわけじゃない。俺の見立てだと、これは“この石が持つ力を最大限に引き出す”ためだけの魔法陣だ」
「……えっ?」
ハルは瞬きをし、ノートと守り石を交互に見つめる。
「じゃあ、この魔法陣だけじゃ何も……?」
「そうだ。この魔法陣単体じゃ、何も起こらん」
カイルの声は穏やかだが、言葉は確信を帯びていた。
「なるほど!」
思わず返事をしたハルだったが、すぐに眉を寄せる。
その表情を見て、カイルは小さく笑った。
「つまりな、この魔法陣をもし他の魔石に刻んだとしたら……その魔石が持つ力を、全部空になるまで延々と起動し続けるような代物ってことだ」
「……あ、そういうことか!」
ハルは手をぽんと打つが、まだ頭の中では“力を空にする”という部分がふわふわ漂っている。
(でも……それって、便利なのか危ないのか……どっちなんだろ)
そんな疑問が浮かんだまま、ハルはもう一度守り石を覗き込み、刻まれた線を目で追った。
「……ほら、ここを見てみろ」
カイルが身を乗り出し、石の側面を指先で軽く示す。
「わざと線を歪ませて、全体のバランスを崩してある。この書き方は……魔力を留めるんじゃなくて、放出させるためのものだな」
「放出……?」
「そうだ。でもこのままじゃ、魔法陣を描いた途端に放出が始まっちまう。きっと粉々になった部分に、何かしらの“起動の仕掛け”があったはずだ。そこがない限り、この魔法陣は正しく働かない」
カイルの声は穏やかだが、その目は研ぎ澄まされている。ハルは小さくうなずき、唇を引き結んだ。
「なるほど……じゃあ、その仕掛けが何なのかを突き止めないといけないんだね」
言いながら、ハルの頭にふと一つのことがよぎる。
「あ、そういえば……ダンジョンでこんな本を見つけたんだ」
布にくるんだ本を取り出し、表紙に記された長い題名を、少し照れくさそうに読み上げた。
「初めはタイトルが難しすぎて、全然意味がわからなかったんだけど……」
ハルはカイルに本を手渡しながら、真剣な眼差しで続けた。
「きっと、この魔法陣のための本なんだと思う」
カイルは受け取った本の表紙を眺め、そのタイトルをゆっくりと口にする。
「……『歪時空干渉術における多重因果操作と収束転位』……か」
低くつぶやいたその声には、古い記憶を手繰るような響きが混じっている。ゆっくりとページをめくり、指先で紙の感触を確かめながら視線を走らせた。
「……これは、ただの本じゃないな」
紙をなぞる指先がわずかに止まり、ページの端に刻まれた複雑な図をじっと見つめる。
「たしかにダンジョン産の本は貴重なものが多いんだが……これはまた、ずいぶんマニアックな代物だ」
口調は淡々としているが、その目には好奇心の火が宿っている。
「……じゃあ、この本の中に、守り石に刻まれてた魔法陣と似てるのがないか、探してみようよ」
ハルが身を乗り出すように提案すると、カイルは小さく頷き、表紙を押さえていた手を離した。
「そうだな。……よし、一緒に見てみるか」
二人は向かい合って本を開き、ぱらぱらとページをめくり始めた。ページをめくる音が、部屋の静けさに規則的に響く。
しばらくすると、魔法陣らしき図が載っているページにたどり着いた。線が重なり合い、複雑な円と幾何学が絡み合うその図案は、確かに守り石のものにどこか似ている。
「これ……似てない?」
ハルが指でページの中央を差しながら、期待を込めた目でカイルを見上げた。
カイルは視線を落とし、図案とアークノートの写しを交互に見比べた。
「……似てはいる。だが、この本に載ってるのは魔法陣そのものの設計書じゃないな」
「え……?」
「どちらかというと、これは“時空を越えるためのエネルギー”そのものについて書かれてる」
カイルは指先で文字の一部をなぞりながら、ゆっくりと解説を始める。
「つまりだ、ここに書かれているのは、どうやってそのエネルギーを発生させるか、安定させるかって話だ。魔法陣で直接やろうとすると不安定で危険すぎるらしい。だから、魔法陣はそのエネルギーを制御する“補助”の役割が主なんだと」
ハルは真剣な顔で聞いていたが、途中で「うーん……」と小さく唸った。
「……つまり、魔法陣はエネルギーの主役じゃないってこと?」
「そうだ。主役はあくまで“力”そのもので、それを起動させたり、暴れさせないようにするのが魔法陣の役目ってことだな」
「なるほど……」
納得したように何度か頷いた後、ハルは小さく笑った。
「じゃあ、そのエネルギーが入ってる石は手元にあるし……あとは、その魔法陣とどう組み合わせたら、自分たちの望む時間に移動できるかを考えればいいってことか」
「まあ、簡単に言えばそういうことになる」
カイルは口元だけで小さく笑い、ページをもう一度めくる。
ハルはその笑みを見て、胸の奥に小さな安心感を覚えた。カイルと一緒なら、この難しそうな本だって少しは攻略できる気がする——そう思いながら、また新たなページを覗き込んだ。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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