冒険者ギルドでの依頼
「じゃあ、このマフラーください」
にっこりと笑顔を見せながら、ハルははっきりと告げた。
「お、気に入ったかい? ……つけてくかい?」
差し出された問いに、ハルはこくりと頷く。
「はい! つけていきます」
代金を支払い、ふわりと首に巻き直されたマフラーは、もうすっかりハルの一部のようだった。
扉を押して外に出ようとすると、おばちゃんが手を振って声をかけてくる。
「また困ったことがあったら、いつでもおいで!」
「はい!」
ハルも笑顔で手を振り返し、温かな視線に見送られながら、城下町の通りへと歩き出した。
通りの喧騒の中を進みながら、ハルは足早に目的地へ向かう。
冒険者ギルドへ行く前に、手に入れたばかりのマフラーをしっかりと首に巻き、口元まで覆った。くすんだ緑の布地が、街の中で彼の存在をふっと霞ませる。
石造りの堂々とした建物——冒険者ギルドの扉を押し開けると、中はいつも通りの活気とざわめきに包まれていた。革鎧のきしむ音、依頼書をめくる紙の音。
(そうか……ロザさんは、まだ父さんがいるから、ここでは受付やってないんだ)
心の中でそう呟きながら、ハルは素早く受付カウンターへと歩み寄った。
カウンターの向こうでは、きちんと身だしなみを整えた若い男性がにこやかに迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
ハルは小さく息を吸い、声を落ち着かせて告げた。
「すいません、指名依頼をお願いしたいんですけど」
男性は柔らかく頷きながら、確認するように問い返す。
「指名依頼ですね。相手の方とは、すでにお話はつけておられますか?」
「はい!」ハルは即答し、続けた。
「カムニア町のカイルさんに、人探しの依頼をお願いします。……金額は20万ルクで」
提示した額は、人探しの依頼としては標準的な額。特別高くも安くもない、目立たない数字だ。
男性は手元の書類に素早くメモをとると、にこやかに会釈した。
「かしこまりました。少々お掛けになってお待ちください」
「はい」小さく返事をし、ハルは一歩下がって待合用の長椅子へ腰を下ろした。
(……三年しか経ってないと、案外何も変わらないんだな)
視線を巡らせれば、壁に並んだ依頼書の掲示板、出入りする冒険者たちの笑い声、カウンター奥で忙しそうに動く職員たち——どれも見慣れた光景だった。ほんの少し、机や椅子が新しくなったくらいだろうか。
そんな感慨にふけっていると、
「お客様、書類ができました」
受付の男性が、ハルの名前を呼んだ。
立ち上がり、カウンターへ戻ると、依頼内容が整った用紙が差し出される。
「こちらに、魔導スタンプをお願いします」
差し出された黒い台座に、ハルは自分の魔力を込め、魔導スタンプをそっと押し当てる。淡い光が走り、カードと依頼書が契約魔法で結びついた。
「……では、20万ルクをお預かりします。これで、手続きは完了です」
男性が穏やかに微笑むのと同時に、ハルは胸の奥で小さく息をついた。肩の力がふっと抜ける。思っていたよりもずっとあっけなく——指名依頼は受理されたのだ。
(よかった……これで、父さんに動いてもらえる)
小さく安堵の息を吐き、ふと横に目をやる。
壁際には、大小さまざまな紙がびっしりと貼られた依頼掲示板。近づけば、獣討伐、素材収集、護衛、配達……中には「属性魔法実験の協力者募集」なんて変わり種まであった。
(……魔力を吸う練習がてら、ひとつ受けてみたいけど……)
苦笑いが漏れる。——未来のギルドカードは、この時代では身分証にもならない。受付に出せば、確実に怪しまれるだけだ。
肩をすくめ、小さく首を振って、ハルは掲示板から離れた。
昼の光が差し込む扉を押し開け、活気あるギルドの空気を背に、城下町の通りへと歩み出す。
(……マフラーもあるし、いいよね?)
口元をすっぽり覆いながら、ハルはにんまりと笑った。せっかく城下町まで来たのだ。
(よし……お気に入りのお店で、いろいろ食べ物を買って、父さんにも持って帰ろう)
思いつくと同時に、足取りは自然と軽くなる。
まずは、大好きなパン屋へ。焼きたての香ばしい匂いが通りまで漂い、ハルは迷わず店に飛び込む。
小ぶりのクロワッサン、具だくさんの惣菜パン、甘くてふわふわの菓子パン——両手いっぱいになるまで紙袋に詰めてもらい、ほくほく顔で店を出た。
次は果実水の屋台。透明な瓶に入った淡い色の飲み物は、ひと口飲むたびに爽やかな甘酸っぱさが広がる。
「やっぱり、これだよなぁ……」と喉を潤しながら、ふとバルドの特製ドリンクを思い出す。
(でも、バルドさんの果実水が一番飲みたい……早く無事に帰って、みんなに会いたいな)
反応のしない魔導通信機にそっと手を触れ、胸の奥が少しだけ熱くなり、歩みが自然とゆるやかになる。
そうして通りを進んでいくと、本屋の木製の看板が視界に入った。窓越しに見える棚には、本がぎっしりと並び、背表紙が夕陽の光を受けて静かに輝いている。
(無事に元の時間に戻るためには、魔法陣についても、勉強しなきゃいけないし……ちょっと寄っていこうかな)
ハルは、そっと木の扉を押し開けた。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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