変装グッズを求めて
それからまもなく、カイルと別れたハルは、駅まで走ると、魔導列車に飛び乗った。
目指すは、冒険者ギルドのある、馴染み深い城下町。
窓の外を流れていく緑の風景を眺めながら、ハルは大きく息を吐いた。
(……大丈夫。ちゃんと手順を踏んでいけば、きっと元の世界に戻れるはず。ロザさんたちも、必ず助けられる)
目的地のホームに降り立つと、そこには、懐かしい匂いと音が溢れていた。
活気に満ちた商人たちの掛け声、焼きたてパンの香ばしい匂い、行き交う人々の足音。何もかもが、少しだけ幼かった頃の記憶と重なる。
(……久しぶりの城下町……)
ハルの胸にふわりと浮かんだのは、懐かしい顔たちだった。
(あそこを曲がれば、ツムギおねえちゃんが好きだったお菓子屋があるし、反対側の通りには……)
けれど、すぐに頭を振った。
(ダメだ、今は寄り道してる場合じゃない……)
この時代の誰かに、うっかり正体がバレるわけにはいかない。
まずは、身なりを整えなければ。
「変装グッズ、だよね」
そう呟いたハルは、衣料品や帽子、小物を扱う雑貨屋へと足を向けた。
落ち着いた外観のその店は、旅人向けの商品も扱っており、かつて母と訪れた記憶もうっすらと蘇る。
扉の上の鈴が、からん、と小さな音を立てた。
「いらっしゃーい!」
明るくて張りのある声が店内に響く。棚の向こうから顔をのぞかせたのは、頬に笑いじわを刻んだ、おしゃれなおばちゃんだった。
「ゆっくり見てってね〜。掘り出し物もあるわよ〜!」
ハルは思わずぴしっと背筋を伸ばした。どこか懐かしいような、にぎやかで温かな空気に包まれて、ふっと表情がゆるむ。
(変装グッズって、こういうお店で売ってるのかな?)
店内をぐるりと見渡すと、マネキンが帽子やスカーフをかぶっていたり、壁際には冒険者向けの外套や防寒具がずらりと並んでいた。どうやら、旅人や冒険者向けの衣料を扱う、実用性と個性を両立したセレクトショップらしい。
(あ、これ……魔道列車でよく見かける帽子だ。目立たないけど、変装にはぴったりかも)
そう思いながら、ハルはそっと一歩、棚の奥へと足を進めた。
華やかな刺繍や、冒険者とは思えないような大胆な色使いの衣類を抜けると、その奥には、質素だが落ち着いた雰囲気の小物コーナーが広がっていた。シンプルな革手袋、丈夫そうな腰ポーチ、さりげない装飾が施されたマントピン……どれも機能性を重視した品々だ。
その中で、ハルの目に止まったのは、**枯草色**に近い、くすんだ緑色のマフラーだった。質感は柔らかく、しかし厚手で丈夫そうだ。控えめな色味は派手すぎず、どこにいても浮かない。
(……これ、いいかも)
そっと手に取ったその瞬間——
「おっ、それ、目のつけどころがいいじゃないかい」
棚の向こうから、にゅっと顔をのぞかせたのは、先ほどの元気なおばちゃんだった。ハルが驚いて一歩引くと、おばちゃんは笑いながら近づいてくる。
「そこのコーナーにある小物はね、見た目は地味だけど、どれも“ちょっとした細工”がしてあるんだよ。暑いときに首元から風が吹いたり、魔除けになったり、匂い消しになったり……冒険者さん向けってわけ」
ハルは興味深そうに、マフラーを広げてみる。内側の縫い目に沿って、淡い銀糸のような刺繍が刻まれているのが見えた。魔法陣のようにも見えるその模様に、ハルの目がわずかに見開かれる。
「それね、“認識阻害”の効果があるよ。着けてると、すれ違った人の印象に残りにくくなるの。完全に姿を消すわけじゃないけど、“見たような見てないような”って感じで、記憶に引っかかりにくくなるのさ。変装にはぴったりだよ」
「……!」
思わず、ハルの手にぐっと力がこもる。
(それ、今の僕に……ぴったりだ。
マフラーだったら……口元まで隠せるし、目立たない。けど……ちょっと、暑いかな?)
試しに首にまいてみようかと迷っていると——
「それ、気に入ったのかい?」
明るい声と共に、おばちゃんがニコニコしながら近づいてきた。
「ほら、遠慮しないで。試してごらんよ」
差し出された鏡の前で、ハルはそっとそのマフラーを首に巻いてみた。厚手に見えたのに、思いのほか軽く、ふんわりと風が通るような涼やかさがあった。
「……え? すごく軽い」
驚いた声が、自然とこぼれる。まるで空気をまとうような感覚。肌に触れる面は柔らかく、まったくちくちくしない。
「でしょ?」と、おばちゃんが胸を張るように笑った。
「それね、ちょっと特殊な織り方してるんだ。風通しはいいけど、防風もしてくれる。夏でも冬でもイケる優れものよ。見た目は地味だけど、質は本物さ」
ハルが驚きながらマフラーの端を指で撫でていると、おばちゃんは冗談めかして付け加えた。
「それに、坊や、しっかり存在感がなくなってるよ。あんた小さいし、存在感ない方がきっと安全だ!」
おばちゃんは片目をつぶって、声を落とす。
「——よし、安くしてやるから、これにしな」
その笑顔は、商売人らしいしたたかさと、どこか母親めいた温かさを同時に宿していた。
おばちゃんは、思わず笑みをこぼしたハルの頭に手を伸ばし、くしゃりと優しくなでた。
「いい子だねぇ。似合ってるよ」
突然の仕草に、ハルは頬をほんのり赤くしながらも、どこか安心したように目を細めた。
その胸の奥には、確かに「これだ」と感じた手応えがあった。
明日も23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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